じじらぎ

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せめぎ合う神々

∇…008     例によってサボった。話はまだ24日晩の続きが終わっていない。

暗くなって島のお婆さんの家を訪ねた。独り暮らしで準備がたいへんだったはずだが、ありったけのものが備えてある。



座敷一面にお供え物が並べられて、足の踏み場もないようなたたずまいのなかで、正面に置かれた仏壇は扉が閉ざされている。

仏さまとトコロの神さま、ご先祖さま、それと恵比寿大黒やマソ神などなど…。神さまがたくさんいて役割分担、棲み分けをしている気配。


30年前に訪ねた平島では、島の神社の主座に大国主命(おおくにぬしのみこと) がすえられていた。もろもろの神々をたばねる総代のような役割をになう神さまが必要、ということで話がまとまり、押しのきく強力な神さまを出雲大社から招へいしたのだという。



奄美地方ではもっと毛色の違う神さまを招へいした。明治10年代の初め、地区の主だった人が鹿児島市に出向いてキリスト教と仏教のおもなところに宣教師の派遣を要請した。

すばやく対応したのはカソリック、ついでプロテスタント各派。仏教のお坊さんたちは腰が重く、気がついたら奄美地方はキリスト教に一色になっていて割りこむすきがなくなっていたという。

対応の早かったカソリックは奄美本島が中心。中米あたりを思わせる乾いた風景のなかに小さな教会がポツンと建っていたりする。

ここらで流れる歌声は、独特のリズムと旋律をもった島唄だが、ジュリアーノ・ジェンマあたりのマカロニウエスタンの曲が流れていても違和感はないかもしれない。質素な教会の小さな十字架が赤土と熱帯性の自然林にとり巻かれた風景に不思議ととけこんでいる。



すこし出遅れたプロテスタントは、本島よりも遠い沖永良部、与論あたりまで足をのばすことになったという。ここらの教会はカソリックではなく日本キリスト教団などプロテスタント諸派。いずれにしろ奄美地方は日本でもっともキリスト教徒の比率の高いところにちがいない。


この背景を考えると、トコロの神の祠を焼き払ったという平島のウンドー爺さんは、それほど狂信的、排他的ではなかったのかもしれない。それなりの理性と至誠につき動かされた殉教者だったという推測もなりたちそう。


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