じじらぎ

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台風一過

8145⇒7888    2ショット。中中古と奥が大中古。

∇…一村終焉の家   田中一村終焉の家。

∇…ティダの子   ティダの子。

a href="http://blog-imgs-42.fc2.com/j/i/j/jijiragi/2010090106045585f.jpg" target="_blank">∇…郵便局   道標。


大きな木も根こそぎにする台風が来る…という話はどこにいったんだろう。午後2時から3時ごろまで風が強くなっただけで、台風が近づいている気配はない。

あとで台風情報を見たら、大きく迂回していた。このあと日本海に入り、津軽海峡あたりを通るときは熱帯的気圧になるという。3つが同時に動いて、ハラハラさせて、影響はほとんどなかった。


車屋さんは名瀬の街からかなり離れたところにある。道順はようやく覚えた。車庫には今まで使っていた中古とこれを更新する、もっと古い中古が仲よく並んでいた。

というわけで、中くらいの中古と大変な中古の2ショット。いずれもギアは手動、窓もハンドルレバーを回して上げ下げする方式。

手動の中古車を漁って、わざわざ中中古から大中古に乗り換えるわけを話せば長くなる。とにかく、海のなかに浮いた珊瑚礁の上を走る。新車も中古も錆びるのはいっしょ。畳や女房と違って新しければいい、というものでもない。


車屋さんの近くに孤高の画家・田中一村終焉の家があった。一村はNHKによって見出され、世に出た…ということになっているが、話は半分。半分はウソである。

品の悪い言い方をすれば、NHKはパクッただけ。もちろん、広く知られるようになったのはNHKのおかげ、電波の力である。



しかし、一村本人は、こんな知られ方をするのを喜んだかどうか…。埋もれていた天才…という売り出し方にも異論がある。

確かに良い絵を描いている。しかし、美術史にはどんな形で銘記されるんだろうか?  


偏屈な言い方を許してもらえば、彼に生きる場所を与えた奄美の風土と人の優しさも、もっと評価されてほしい。彼が描こうとした奄美の風土そのままをもっとキチンと見つめてほしい。

…と、思うけれども、まぁ、これはヒネクレ爺ぃのおせっかい。



奄美は人間も良い。なぜ良いか、どう良いかは説明しにくい。作家の島尾敏雄(故人) さんも「柔らかさ」 という言葉をつかいながら、それで説明しきれないことにいらだっている気配があった。

奄美の人の顔も鑑賞に値する。目と髪が黒い。黒いままで美しい。


子どもはどこにいっても可愛いものだが、奄美の子らはまた格別。ティダ(太陽) の恵みによって育まれた明朗さ闊達さがある。



名瀬の街の人に道案内を乞うと、郵便局とアーケード街が中心部の位置関係を示す基準になっている。郵便局の場所が分からないと言うと、一瞬絶句する。そして、気を取り直して目印なしに案内する試みに挑戦してくれる。

みんな親切である。確認できた範囲で、道案内を断った者はたった一人。つまり私本人。

人もあろうに郵便局の場所さえ知らなかった方向音痴の旅行者に道を尋ねた人がいた。ご面相と言葉づかいからして名瀬の街をしならに奄美の人。

この手の人は、生き方が下手ながら誠実さ正直さを守って生きていくんだろう。そんな人間も呑気に生きていける風土は得難い。



写真の右手に郵便局、左手にアーケードの入り口が見える。なるほど、街の位置関係を語る座標軸としては使い勝手がいいに違いない。

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