じじらぎ

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加計呂麻2日目

∇…5マイルの日の出     島の中部・伊子茂(いこも) 宿の夜明け。外海のはずなのに湖のような静けさ。午前6時過ぎ、向かいの稜線から日が昇りだした。


∇…和の夢      連泊したかったが、ほかの宿も見てみたい。生間(いけんま) の部屋数がわずか2つという民宿に、またも飛び込み。 建物は古い普請なのかと思い込んでいたが、しゃれた造作で築3年という。ロフトの天井も結構な高さで、フェリーの発着所に連なる海が見える。

∇…夢の膳      厚切りの刺身だけでも腹が満ちた気分のところに、“しんかん” という蓋つきの汁が出た。 島の正月料理という。新年をことほぐ羹(あつもの) ということで「新羹」 と書くのかもしれない?        
“しんかん” は作家の島尾ミホさん(故人) から聞いた記憶がある。島の正月料理“三献”(さんごん) の一つらしい。

ずっと昔のこと、ミホさんと「苦海浄土」 を書いた天草出身の作家・石牟礼道子さんの邂逅(かいこう) の場に居合わせたことがある。初対面とは思えない息のあったおしゃべり、それに立ち合った。

話題は南島からつながる九州西岸域までの人と風土、習俗など果てることがない。なかで難しくてついていけないと思ったのは料理の話と異界と現世の境目を行き来する魂の領域のこと。



ミホさんはカトリックの幼児洗礼を受けた生え抜きのクリスチャン、石牟礼道子さんは有髪ながら浄土真宗の僧籍をもつ。おふたりとも箒にでも乗って、果てしない魂の世界を翔(と) び回るような強烈な個性の人。


それが不思議なことにぶつからない。互いに問い返す場面は一切ない。相槌をうち合いながら古くからの心のあり様についての話は奔放自在に飛翔し、延々と続いて地上に舞い降りる気配はない。


はたで聞いていて、それ以上に難しかったのは料理の話だった。語彙が初めて聞くものばかり。なかで“さんごん”“しんかん” は記憶の底に残っていた。


宿の女将によると、蓋つきの茶碗そのものも「しんかん」 と呼ぶらしい。盛られた料理は、ずっと大きな椀か丼でないと納まりきれない豊かさがあった。それでも「しんかん」 は「しんかん」 に盛る。


味は絶妙だった。出汁(だし) に特別のものが使われたようにも思えないが、深い上品な味わい。具は天然もののカンパチの角切り、奄美の家庭で昔から手づくりされてきた塩豚、肉厚のエビ、それに茹でた卵まるごと。

卵は地卵でも普通の大きさでは「しんかん」 に入りきれないので、小さめのものを選ぶ。それでもはみ出しそうな勢いだが、半分に切ると黄身が溶け出して汁が濁る。

刺身は、新鮮なシビとアオブダイ、それに地ダコ。煮物はご覧のとおり。野菜が中心で鶏肉がわきに控える。


とにかく、刺身としんかんだけで、腹いっぱいになった。煮物は、サトイモの新物というのを半分だけ賞味。豚骨までは手が出ない。



……ここまで読んでくれた辛抱強い人には店名を明かした方がいいだろう。「和(かず) の夢」 という風変りな名前で、女将は団塊世代。


伊子茂(いこも) の宿の「5マイル」 という名は若いころ南島に暮らした主(あるじ) が毎日眺めていたという無人島までの距離に由来する。最後には独りで渡りロビンソン・クルーソーのように暮らしたらしい、と手伝いの若い娘さんは言っていた。本人にはまだ確かめていない。


年代は爺ぃよりもひと回り若い「70年安保世代」。忘れかけていた世代区分で、こんな言い方を加計呂麻島で聞くとは思わなかった。


敷地内の建物はご亭主の手づくりという。天井の高い、ホールと呼んでも差し支えない立派な構えのレストランは、とても素人がつくったものとは思えない。シェフ、漁師としても素人離れしている。

70年世代は口先だけで、生活力、行動力がないと思っていたが、当然のことながら例外もいる。


主は一見無愛想。人と話すのも、生きるのもめんどうな隠棲タイプかと思うと間違いだった。

レストランの入り口には漫画本と一緒に晶文社の「島尾敏雄全集」(全17巻) が置いてあった。ご亭主の好みか聞いてみたら、「私の好みは漫画本の方」 とかわされた。

どうやら聞き方が悪かったらしい。


ともかくこの宿は1泊2食、プライベート・ビーチ付きで6,000円。爺ぃのような貧乏人でも1カ月ほど連泊できる(かもしれない) 価格。しかし、全17巻とじっくり取り組むのにはそれ以上の日数がかかるかもしれない。


「和の夢」 の方は、1泊2食、しんかん付き6,500円。保母をしていたという女将が夢を始めてまだ3年という。

生間港から南では宿賃の相場は8,400円というところ。ダイビングなど海洋レジャーを売りにしているところが多い。

安い宿を選んだ理由は生来のケチンボのせい。遊ぶのにお金をかけたり、海をみるのに特別な仕掛けやお膳立てが用意されていたりするのは嫌である。

波と遊ぶのに道具をつかって軽業のようなことをするのも好みではない。潜るのに酸素ボンベもいらない。息の続く時間と深さで十分。自分のような性分だと、長く潜っていると仕掛けをつけているのを忘れて揚がってこなくなる恐れがある。

しかし、かたくなになってもいけない。気をとりなおして電話をした宿もあったが、2軒とも満室だった。


実は、泊るつもりで門口から覗いて敬遠した宿もあった。大きな四輪駆動車が駐車している。威圧的、攻撃的である。

それを見て気鬱になった。話は宿のことだけではすまない。


鬱の気がでてくるとシャッターを切るのもおっくうになる。写真は最小限、その代わり風景のスケッチ未完成が1枚。



もう一つ例外は「5マイル」 の猫。 

∇…偵察

∇…点検

∇…点検2

∇…点検3

腰をつつくものがいるので振りかえると、最前まで窓越しに部屋を覗きこんでいた子猫だった。

そのあと、じゃれるわけでもなく、シレッとした顔で12畳敷きの隅々を点検しはじめた。


散らかしてごめんなさい…と謝るべきだったかもしれない。帰るときは挨拶なし、いつの間にかいなくなっていた。苦情を言いにきたわけでもないらしい。


このくらいの年恰好の子猫には思い出がある。小学3年のとき学校帰りに拾ってかえり、3,4カ月飼った。

いつのまにか姿を消したので、必死になってさがしまわった。足元の床下で冷たくなっていたのを見つけたのは何日後だったろう。

その間は食事もろくに咽喉をとおらない。いらい、家では犬猫は飼わないという不文律が出来た。他人が飼っている犬猫にも出来るだけ気を向けないようにしてきた。

それにしても、サン太郎はどうしているんだろう。











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