じじらぎ

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9.11…安全圏にいる者

同時多発テロから9年。イラク・ボディ・カウントというサイトを久しぶりに見たら97,767~106,703人という数字になっていた。この数字はいつまで増えつづけるんだろう。

厚生労働省の村木厚子元局長に無罪の判決が言い渡された。動機が分からない不思議な事件だった。
ツィンタワー、およびその周辺では2,749人の人が亡くなったという。 イラクではざっと10万人。



村木元局長は164日間、独房に閉じ込められたという。

私もたいていのことはやってきたが、牢にぶち込まれるという事態だけはまだ未経験。きついということは聞いている。

爺のかつての職場(地方新聞) の先輩たちは、結構な数の者がぶち込まれている。明治時代は新聞紙条例、のち治安維持法違反。

明治期はおおむね確信犯だった。しかし、昭和18年に3人が挙げられ、いちばん長い人は半年間ぶち込まれた、いわゆる“きりしま事件” は冤罪だった。


溶岩原に赤い椿の花が咲いた…、雨で閉じ込められた男たちが無聊を慰めるために酒盛りし馬肉を食った…などという俳句を同人誌に掲載したのが違法という。


「アカ」 をわざわざ俳句にうたうとは何事か…、食糧難なのに戦地では軍馬として兵卒以上に大事にしている馬の肉を食らうとは不届きではないか…。



こんな言いがかりは、まともな人間ならとても思いつかない。生まれついての悪党と特権意識にひたりきった高級官僚ならば、ベラボウなことを平然としてやる。

自分と自分の身内だけが他人より良い思いをするのは当然、実績づくりのためには、運の悪い奴らがどうなろうと知ったことではない…。


そんな奇怪な考え方ができる者、疑似競争社会の奇形とも言うべき醜いエリートたち…。そんな類の“人間もどき” が、周りからチヤホヤされ、肩肘張ってのし歩く。


きりしま事件を指揮したのは内務省から出向してきた鹿児島県警察部特高課長、奥野誠亮という人物だった。

この人は戦後、奈良3区から衆院選に出馬した。90歳を越す年になるまで代議士をつとめ、最近になって身内に地盤を相続させている。

かつての暴挙暴虐を心から悔いたうえで国政に参画するようになったわけではない。昔のことは覚えていない…という態度に終始した。

それでいながら社会の表街道を闊歩できるのが、戦前戦中を通じて変わることのないニッポンの姿。



宥(ゆる) すことは大事な徳だが、断じて赦してならないこともある。

この先、日本はどうなるんだろう。村木元局長のような事件がもっとひんぴんに起き、やがて表にも出なくなるような世の中になっていくのだろうか?






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