じじらぎ

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ホバークラフトと文化勲章

∇…DSC00493    朝6時49分、湯泊♨から。 右手、水平線上の黒い影はおとといから徘徊している不審船
海上自衛隊がホバークラフトを何隻かもっているという。敵前上陸を敢行するための装備らしいが、それを平時に平和利用してくれたら…と思っている。

ひょっとしたら、自衛隊でも同じことを考えていて、こっそり下見に来たのではないか??



バカなことを思ってみたが、本気もいくらか混じっている。

私の知る限り、日本国内で地形、財政の制約で必要な港を増設できない島が2つある。鹿児島県鹿児島郡十島村、つまりトカラ列島の小宝島(こたからじま) と 同じく平島(たいらじま)。

ライフラインを維持するために村営船「フェリーとしま」が運航しているが、七島灘は荒い。天気がくずれると欠航する。欠航しなくても、この2つの島には接岸できないことがある。

平島はまだいいとして、小宝島には水がない。ドラム缶でガソリン、灯油、重油を運んでもらわないとライフラインを維持できないだけでなく、文字通り干上がってしまう。

油を運んできてもらわないと、中古の軽自動車も耕運機も給湯機も発電所のダイナモも動かない。ダイナモが動かないと海水淡水化装置も動かない。飲み水にも窮する。


そこで自衛隊の出番。ホバークラフトの駐袋場(ちゅうたいじょう?) を小宝島と平島に用意する。 …駐袋というのはヘンだけれども、駐車でも駐輪でも係留でもないから、一定の時間、エンジンを停止して安置する場所を、ひとまず、そう呼ばせてもらう。


時化で「フェリーとしま」 の接岸が難しいときは、荷物と旅客は駐袋場のホバークラフトに積み、ホバークラフトごと沖にやってきた母船に収容してもらう。

その前に母船からは別のホバークラフトを出して、人と物資を島に降ろし、駐袋場のホバークラフトを入れ替える。そうすれば、操縦、機関などの要員を島に常駐させる必要もない。経費をかけずに日常的に訓練も出来る。



平時の平和利用では訓練にならない、という声も聞こえてきそう。実はとんでもない間違い。

奄美大島の水害で自衛隊が災害出動した。久しぶりに、さすが自衛隊という場面があるのかと思ったらさにあらず。

被災直後には準備が整わないとかで、ようやく動き出した民間の定期航路に乗ってやってきた。国分の施設部隊から120人という。

施設部隊といえば、昔の軍隊なら工兵である。映画なんかで見る限り、戦闘部隊よりもいさましい、命をお国にあずけた命知らずの仕事師たち。

使いこまれた土木機械が次々に降りてくるのかとかと思ったら、ジープや装甲車のようなものが何台も降りてきた。隊員がブルドーザーやスコップでがれきの山に挑む姿は、テレビのカメラマンがダサイと判断したのかどうか、テレビ画面では見えない。


若いころ私も災害現場に何度も何日も通ったことがあって、仕事とはいえ隊員のご苦労は大変だったことは想像できる。だからこそ言いたいことがある。

非常時よりも平時の出動の方が楽ということはない。災害出動でまともな働きが出来ない軍隊はいざお国の大事というときにも頼りにならない。そんな軍隊は軍隊の組織は守るが国民は守らない。兵も守らない。

……以上、独断ではない。訂正は絶対しない。 

歴史をつぶさに虚心に見直せば誰にでも納得のいくこと。くどくなるので、きょうのところはこれ以上の話は控える。




とにかく、120人という人数にため息が出た。あまりにも数が少なすぎる。

自衛隊には20数万人もの屈強の隊員がいるはずだ。中国とも北朝鮮ともロシアとも交戦中というわけではない。それでたった120人!

調べるいとまがないまま、あいまいな記憶で語れば、昔の災害出動はもっと迅速で動員数も多かった。懸命に働いている姿が国民に伝わった。

変わったな、と思ったのは神戸震災のころからである。このとき旧社会党の村山富市首相が自衛隊の出動要請に乗り気でなかった…と伝えられた。

これはウソだと思った。村山首相は、当時ごろごろいた労働組合あがりのダラカン議員よりはお人良しのところがあった。はっきり申せば、グズだった。

思いがけない事態にオタオタした。自衛隊が違憲だから…などと考えるいとまもなかった、というのが私の想像である。 この場合、自民党の首相ならオタオタしなかったと断定できる根拠はない。


それだけではない。山口組や創価学会に名をなさしめる結果になったのには、それなりの背景があった。

世の中が変わっていたのである。自衛隊にかんして言えば、このころから“国民に愛される自衛隊” から“愛されなくてもいい自衛隊” に成長した。中身実質はともかく大きくなった。

被災地の修羅場で、なりふり構わず働けば、その分だけしくじりもする、そんな事態は避けられるものなら避けたい…。それより国防という、もっと大事な仕事があるではないか…。 

憲法問題を棚上げにしたまま、日本最大の国家公務員組織は体制化し、官僚化していった。


いつか来た道…。しかし、戦前戦中の轍(てつ、わだち) もうは踏みたくない。

百歩譲って軍隊をすでにあるものとして、その組織のあり方を考えると、陸軍と海軍の対立、確執はくり返してもらいたくない。

いまは陸海空の三軍に分かれているようだが、何をやっているのか分からない点では戦前と同じ。それぞれに米軍の指揮統制下にある。


無用の戦争に巻き込まれないためには、一刻も早く米軍の指揮統制下から離脱しなければならない。

そして、タダ働きのアメリカの傭兵をやめて、国土国民を守るという本来の業務に専念するため三軍を統合する。…国土国民を守る軍隊。機能、装備を徹底的に見直して地域割りにしてもいい。


国軍はなくして州兵だけにする。鹿児島には九州兵鹿児島方面軍を置く。

災害出動もこの単位でやる。そうなると、ふるさとで大事があれば兵ははやる。幹部はいやでも動かないわけにいかなくなるだろう。

空軍、陸軍は専守防衛の目的からすれば装備配置に無茶苦茶な偏りがあった。海上自衛隊の装備にも問題があるが、それはひとまず置くとして、海上保安本部単位に分ける方法もありそう。 

そうすれば「第十管区部隊」の規模はざっと2万人。

2万人規模の組織が、あり余る装備をもち、機動的に船と航空機を動かせる。その気になれば災害の真っただなかでも現場に迫ることができる。 もちろん他の管区から応援に駆けつけてもらうのも大歓迎。


現状は120人! 鎮火してから火災現場にやってくるような出動。これを正常、これが常識と考えるべきなんだろうか?



話はまた別。戦争、軍隊の話をしたら文化勲章のことを思い出した。

皇居で親授されたという。トカラの島で暮らすひねくれ爺ぃには人ごと。


人ごとながら受賞者のツラの皮がみょうにつっぱり、こわばったままのように見えるのが嫌になった。緊張して顔がこわばったというのでなく、因業因果が顔にあらわれた鉄面皮…。

デザイナーや演出家は反骨の異端児で、そんな方々が栄誉を受けられるのは、まことにめでたい…とかテレビは言っている。

異端も世にのさばり、図々しくおさまってしまえば権威になる。


本当は良い人たちなのかも知れない。が、元東大総長という人も、中世史の研究者というご婦人も好意がもてない。

仲間内の仲間ぼめで勲章をいただいたような…。もし身近にいるような下賤の仲間内なら、嫌味の一つも言って絡んでやりたい。


だいたい、勲章をもらうことが立派なことだという常識が面白くない。

あいまいな記憶のままものを申せば夏目漱石が勲章を辞退した。「野火」 や「レイテ戦記」 を書いた大岡昇平もそうだった。

大岡昇平の小説には、若い米兵に銃の照準を合わせながら引き金をひかなかった話がある。


日本人には三種類の人間がいる。上の命令とあらば何も考えずに引き金をひき、勲章もありがたく受ける、つまり迷わない人。

二番目は迷う人。

残り大勢は、文化の日になってもお呼びがなく、迷う必要はない太平楽。 …世はなべて事もなし。












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