じじらぎ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

何もしないということ

∇…002     異能の技師が逝って、図らずも服喪する結果になった。

服喪といっても、何のことはない。 船便がなくて葬儀に行けなかった代わりに、ひとり合点の安息をした。

生産的な行為をしない。祈ることも控える。 …つまり、何もしたくなくなった心のままに怠惰に過ごした。


自分が生まれついての怠け者なのか、それほどでもないのか、よく分からない。ただ、なにごとか始めると弾みがついて夢中になるのはひと様と変わらない。だから、何もしないことに徹するのも行(ぎょう) ではないか、と考えてみた。


写真機を抱えて外に出ても気を入れない。シャッターを切るには切るが、あとはそのまま。

装着されたままのメモリー端子はつまらない静止画像をためこんだ。風に揺れるススキの穂や空を流れる雲を撮っただけの、何の変哲もない風景にレンズを向けてみる。意味のないことに意義がある…と思うことにする。



それにしても、なにを好き好んで写真なんか撮るのだ!?

撮るだけでおさまらず、光学機械をつくるのを職業にしてしまったのがくだんの技師だった。 

いろんな種類のレンズを発明、改善した。胃カメラなどの先端につけるレンズ、大量生産・大量廃棄を可能にしたプラスティックのレンズ、果てはミサイルの目となる非人道的レンズ…。


中学生のころ写真の撮り方を教えてくれたのが彼だった。暗室作業も手ほどきしてもらった。

お互い、年をくった。 年相応の分別にしたがって、写真を撮らないこと、レンズを開発しないことの意味について徹底して語り合いたいと思っていたのに、果たせなかった。



昨日か一昨日か忘れたが、テレビでケビン・カーターのことを紹介していた。「ハゲワシと少女」 の写真をニューヨーク・タイムズで発表したアフリカの報道写真家である。

ピュリツァー賞をもらったら“写真を撮る暇があったらなぜ飢え死にしかけた少女を狙っているハゲワシを追っ払わないのか” といった非難が殺到した。ほどなく、自殺したという。


この話、人命が先か、報道が先か…という問題をつきつけた。そう言えば、宗谷丸遭難のときの写真も論議の的となった。

報道の在り方、存在理由、さらには人が生きることの意味にまで広がっていきそうな問題だが、話をことさらに難しくすることもなさそう。


大事な条件に目をつむって、二者択一を迫ると話がむずかしくなる。いずれにしろ、現場に居合わせない、安全圏にとどまっている者は大きな口をきかない方がいい。

現場に臨むことを軽んじて、借り物の言葉、論理で語るのは甲斐がない。



……「みかん」 さんから政治家にたいする疑問というよりも嘆息と言った方がよさそうなコメントをいただいた。答えにはならないが、文法上の言葉の乱れよりも、もっと深刻な“言葉の軽さ”に政治家も一般人も、今ほど鈍感になった時代はないと思う。

さしあたり、法務大臣にはやめてもらわなければならない。ほかに選択の余地はない。

菅内閣がもつか、もたないかどうでもいい。ここまで来たら日本がもたない。日本人が人として最小限の誇りさえもてなくなってしまう。



∇…オリオン031    上の写真は17日朝の湯泊湾、左は日の出前に西の空にあったオリオン座。

首を逆方向にひねればしし座の流星群がみられるはずだが、見慣れたオリオン座に見とれているうちに夜が白んできた。写真に撮ると、いかにもつまらない。
関連記事
COMMENT
COMMENT FORM
NAME
TITLE
MAIL
URL
COMMENT
PASS 管理者にだけ表示
TRACKBACK
TB URL : http://jijiragi.blog105.fc2.com/tb.php/637-24ca5a91
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。