じじらぎ

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∇…061   アメリカのインディアン…最近は先住民、あるいはネイティブと呼ばないといけないらしいが、面と向かって話をしているわけではない。

知らない人のことを本人に聴こえないところで話すのに心のこもらない形通りの気づかいをしてみせる…。かえって無礼ではないか。

厄介なことで、これが戦中(念のため、この場合の戦争というのは大東亜戦争のこと) までの古い日本人の意識を引きずった爺ぃのこだわりである。

三人称的な用い方のときにまで妙に気を回すのは阿諛追従に近い。何人称であれ、彼らの人としての尊厳を忘れなければ済むことを、心にもない言い方をして飾り立てる。媚びの裏には無視、さらにその裏には侮蔑、独善が潜む。

昔風のかごしま言葉で言えば、見限った…ということになる。見限り、見限られた関係は人と人とのつき合いでは最悪の形である。見限った相手は犬畜生以下の思いももたない。


それにしても、このごろは口先だけの人間が増えた。どこにいってもそんな輩ばかりでせからしい。


アユツイショウ…などという古めかしい言葉を思いついたのは「贈答」 という文化文明的行動がイミジキ振る舞いではないかと思いあたったからである。



題名を思い出せば西部劇マニアならだれでも知っている映画だと思う。主役はマーロン・ブランドだった。

くわしい顛末は忘れたが、インディアンのテント村で一宿一飯の恩義を受けたお礼に、ひと冬の狩りで得た毛皮の一部をを贈った。

一件を差し出された酋長は体が凍りついたように一瞬立ちつくす。しかし、すぐに元の厳かな顔つきにもどり、答礼の品を差し出した。それが目に入れても痛くない自分の娘だった。


民俗学者、民族学者、文化人類学者…いろいろ学者がいるなかで、贈答行動の民俗と心理を調べた人は少ないのかもしれない。

これには地域や人種、時代によって多様な変化がありそう。ひょっとしたら、これが文化文明それぞれの特徴を解明するカギになることもあるのではないか?

どだい贈答を甘く見てはいけないのである。日本の政治家というか、政治家もどきというか、大層なバッジをつけた偉い人たちが大勢で、ベラボウな時間をかけながら政治資金規制さえもまともにできない。

考えてみると、それくらい難しい、そして生臭い問題なのだ。


宿には色んな人が出入りする。宿の方は“心づくしのおもてなし” などという大層なことはやらない。やる気もない。

宿の者総員2人と老犬1匹、そこに旅人がたまに混じり、互い正直に気兼ねなく、たまさかの時間をともにする。

こちらは当たり前のことをするだけ。それしかできない。

至らないところも多い。これは宿側の不明および限界のなせるわざ。それに地理的、社会経済的、気象的な負荷が加わる。

喜ぶ客がたまにいる。別れ際の挨拶に、帰ったらふるさとの名産を送ります…と言う人もいる。


気持ちだけいただいておく。皮肉ではない。一瞬でもそんな気持ちになってもらったのなら、それだけでも有り難いことである。


困ったことに、本当に送ってくる人がいる。2度と訪ねることはない遠い海の果てのボロ宿に、しかるべく荷造りされた名産を送る。見返りがないのは百も承知で、そんなことをする人たちが今の日本にいる。

なるほど、伝統文化が絶滅しかかっている辺鄙なところを難儀して訪ねてくる人たちは違う。訪ねてくる人自体が絶滅危惧、じゃなかった絶滅必至の古い日本人。



29日に着いた「フェリーとしま」 は想定外の荷物を色々運んできた。なかに大きな豚肉の梱包があった。確かに話は聞いていたが、本当に送ってきた。


丸ごととは言わないまでも、丸ごとの形をとどめた塊が流し場を占拠した。

こんなときは関わらないことにしている。手伝うつもりでうかつに近づくと女将が包丁をもったまま振り向く。手伝えないものが手伝うなどという横着さに怒っている。


調理場に籠った女将が3時間ほどして戸を開けた。握った包丁を離さないままだが、こちらの善意にこたえる余裕がようやくできたらしい。脂身だけをとりわけたものの始末をつけてくれという。

ゴミと有用物の境目のものは、何にしても粗末にしない。年をとってその扱いにもだんだん慣れてきた。きょうのところは時間がないので、温泉の噴気で蒸して、少し乾燥させたのち燻製にすることにした。



湯泊♨の噴気釜のところにいくとネブリ泊(湯泊港) は荒れていた。腰の定まらない体をすくいあげるような風が吹き回り、沖には白波がたっている。

「フェリーとしま」 が帰り便を1日早めてピストンで引き上げたのは正解だった。というより、他に選択肢はなかったのだ。


風は夜になって吹きつのり、台風のときのように木造の2階は音をたてて揺れる。

リアルタイムの気象データを見ると宝島は西寄りの風8.9㍍、小宝は南寄り3.9㍍、悪石以北は北寄りの風になって、中之島が11.5㍍。瞬間最大風速は宝島で17.6、次いで中之島15.8㍍。

診療所の屋上に風速風向計を据えた小宝島は南南西3.9㍍、瞬間最大7.8㍍という。パパラギがある北東部ではそんななま優しい風ではない。しかし、ここには観測の仕掛けがない。







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COMMENT
FJさん、千歳人さん、みやっちさん、コメントありがとう
偏屈ブログに目をとめてくださる人がいるのは心強いことです。見てもらわなくてもいい覚悟ではじめながら、接触していただくとやはり嬉しい。
コメントしないままでも見ていただいた人、独断と偏見に辟易しながらも、ときどきは覗いてみる人、みなさん、良いお年をお迎えください。
本年はお世話になりました。
来年も、よろしくお願いします。
よい年をお迎え下さいませ♪
今年もあと僅か
北の島(島じゃないですけど)もフェリーの欠航で慌てふためいているようです。ネットのニュースによれば2500人に影響とか、航路によっては休航もあったりするので次の行動が決まらず大変と思います。一家で車移動だと選択肢が少なくこの時期の欠航は影響が大きいです。

図書館から借りた本で「南極○○○」が数冊有って読んだら子宝島と良く似ていると思いました。補給は年に一度の船(しらせ)のみ、ここはちょっと違いますが。向こうで処分できるのは燃えるゴミだけ、残り全ては持ち帰り。作業は越冬隊員(住民?)と船の乗組員と数少ない夏隊員。専門家は観測と医者を除けばごく僅か、運搬、大工、土木、配管、配線、重機と何でもこなさないといけない。モヤシや葉野菜の栽培もしているらしいです。最短でも片道三週間ほどの航海とか。一番の問題は、隊員かエンジニアで無いと渡航出来ない。子宝島は誰でも行けますが日程に余裕が組めるのと船に乗るのを苦にしない人でないと駄目な様ですね、最近の動静の凄い事(笑)。
もう時期日の出が早くなります。では、よい年を
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