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七島正月

∇…032    村営船「フェリーとしま」のことし第一便。3日深夜鹿児島をたち小宝島には午後零時15分に着いた。時化のため減速運航し、定刻より1時間近くの遅れ。


∇…082    島は七島正月(しちとうしょうがつ) の元日。新暦、旧暦の正月もひととおり祝うが、旧暦12月1日の七島正月をいちばん大事にする。祭壇、仏壇の前に棚を設け、ごちそうを盛り、祖霊をもてなす。左下隅の小さなお盆のお供えは無縁仏のためのもの。

∇…073   漁をする家では魚の干物を架けてあった(右寄りの上)。カケノイヲと称し、魚種にはこだわらないという。ことしはハタとイスズミ。

∇…084    島の正月は晦日も大事にする。「トシの晩(大晦日) から正月じゃ」という人もいる。となれば、大晦日の前夜が洋風に言えばイヴ。七島正月のイヴは、新暦では1月2日にあたるが、この日を木積みの晩(きづみのばん) と称して木の束を奉げる。

島で言う黄柴(和名は未確認) と竹(リュウキュウチク) を一緒に束ねて庭の隅に置く。生活のいろんな場面で世話になった木や竹の神さまへお礼をするのだという。


草木虫魚、土石、波風雲、光と闇…すべてものに神が宿るという心もちは、西洋流の比較宗教学ではアニミズムというらしい。シャーマニズムと同様、原始的な未開の想念という扱い。

長いこと島に出入りしていると、そんな斬って捨てるような洋式の考えにだんだんと馴染めなくなる。ひょとしたら古来の日本人の優しさ、柔らかさは自然への畏れ、土俗の祈りと深くかかわっているのではないか…。


……そうだ! 洋式でいいのは便器だけ。それも日本式にウォッシュレットにしないと使いにくい。ニッポン人なら神がかりになるのを恐れてはいけない。人の妄言に惑わされる代わりに、夜ごとに焼酎で身を清め、風や石の沈黙の声に耳をすまそう。



七島正月は、島津の琉球攻めの際、トカラの人たちが水先案内人として動員されることになったために正月をひと月早めて祝ったのがはじまりとされる。

正月が2つになり、新暦が採用されるとまた増えて3つになった。島の人たちは、新しい祭礼が加わったからと言って古いものをボロ雑巾のように捨てさることはしなかった。

おかげで今の時期は次々に3回餅を搗く。お婆さんたちは「餅の搗きどおし」 とこぼすが、シンから愚痴を言っている顔でもない。


ところで、七島正月の由来が琉球攻めだとすると、少なくとも400年前に、琉球と本土のはざまにあったトカラは本土側につくことを選んでいた。

しかし、早合点してはいけない。金と力では本土になびくが、それでおさまらないところが面白い。色男、金と力はなかりけり…というのを逆に行けば、人が粋に生きるのは金や力だけの問題ではない。
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