じじらぎ

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無菌地帯

∇…031     七島正月の元日(旧暦12月1日) が4日だった。きょうは6日目。

一週間たたないのに、お供え物もきょうまでで、晩になると下げると聞いた。午後9時ごろ身内のものが寄って来て供物をいただく。どこの家でもそうしてきたという。


6日という区切り方は馴染みがないが、大晦日のトシの晩から正月が始まるというのが島びとの心づもりである。これを計算にいれれば、よその正月と同じ1週間で区切りがよくなる。
∇…026     この家のあるじは七島正月を仏教の儀礼とする気持ちが強かった。カケノイヲや二対ずつ束ねた野菜のお供えにしめ縄を張った形のものは別室にしつらえてあった。ここでは、火の神さまと仏さまは同室しない。

仏さまの方は位牌が2つ。見事なタイとアオマツらしい魚が備えてある。精進料理の盆と違って、正月には生臭いものを供え、魚は欠かせないという。

2つの位牌のうち左手の新しい方は平成19年になくなったつれ合い。右手の古い位牌は昭和三十三年と書かれている。4歳だった長男がインフルエンザでなくなった。

年老いた父親の話では、これがトカラで最初のインフルエンザによる犠牲者。その後にインフルエンザによる死者があったのかどうかは聞きもらした。少なくとも最近は聞かない。


かわいい盛りの頑是ない生命が、それまでは聞いたことのないはやり病であっけなく奪われた…。

今なら手の施しようがある。当時だって、地続きの本土ならどうにか出来た。


トカラはそういうところだった。遠い。唯一の足である船はなかなか来ない。


先日、「フェリーとしま」が接岸したばかりの港で顔見知りの幼児に近寄ったら、その子のお婆さんが制止した。「気をつけて、その子は鹿児島からインフルエンザをもらってきた」という。

本人はいつもと変わらぬ、あどけない顔なのに、危険物扱い。ほどなく島では風邪様の症状がはやった。 

その子のせいかどうかは分からない。鹿児島で病気をもらってきた者は一人だけではなかった。


島では、空白とまでは言わないにしても情報、技術は手薄になりがちだ。物資とともに多くのものが外から持ち込まれる。

船で運ばれてくるものすべてが良いものとは限らない。


島は無菌地帯であった。となれば、昨年1年間で一度しか鹿児島に戻らなかった自分などは、さしずめ無菌豚…。

目方の足りない豚が現認した事例の一つは曲々しいものだった。なんと、お医者さんが病気を持ち込んだのである。



巡回診療のお医者さんがいつもの元気がなく、鼻をクスクス鳴らしている。本人も途中で気がついたはずである。しかし、時すでに遅し。いったん船に乗ったら引き返せない。


その医師がどうにか使命を果たして引き上げてから、島で風邪をひく人が何人か出た。これぞ想定外ながらも典型的な医原病。 

有り難いことに、みんな症状は軽かった。このときの巡回診療は体を張ったワクチン投与のごとき効果をもたらした。








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COMMENT
モトイ!
私の早合点でした。お墓のコメントは8日付の書き込みのところに出ていました。これにたいする無菌豚の返信のようなコメントは一日遅れになったようです。すみません。
目方不足の無菌豚より、太めのソクラテス様へ
なぜかコメントの着信が管理者ページでしか表示できなくなりました。原因不明。

テストを兼ねて、コメントへの返信をしてみます。ご指摘の加計呂麻でのタブーで私が考えたのは、墓は冥界と現世をつなぐドラえもんのドアのようなものではないかということです。

おっしゃるような死者への敬意という解釈については、モーゼの十戒を思い出させます。第三の戒めに「あなたは、あなたの神、主の名を、みだりに唱えてはならない」とある。

この心もちは私の郷里・薩摩半島の年寄りたちにもありました。心のこもらない祈りや形だけのお参りをよしとしない。これは土俗の迷信ではなく、深い心のおき方だと考えています。
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