じじらぎ

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天城越え

不思議な縁だった。ガハハのおじさん、こと和田勉さんとは何度かおしゃべりした。25,6年も前のことである。
日航のジャンボ機が群馬県の山中に墜落したころ、地方新聞の記者をしていて東京の報道部にいた。当時は人手が足りず、担当分野を硬軟2つに分けて軟派を担当していた。

学芸一般、運輸通信、厚生労働、教育科学、それにスポーツ。これを独りでカバーする。キチンとこなしたらスーパーマンだが、そんな按配にはなりようがない。



それはそれとして、芸能、およびサブカルチャーも政治、経済一般をフォローする硬派は関わらない。硬派が相手にしない分野はすべて軟派がカバーする。


正式名称は忘れたが“芸能記者クラブ” というのが東京・渋谷のNHK本社に記者室を構えていた。普段は立ち寄る暇がないが、NHKの定例記者会見が定期的に開かれていたこともあって、時たま覗きに行く。

ついでに和田勉さんの仕事場に寄る。忙しいはずなのに忙しい素振りを見せない人だった。


前からの知り合いではない。芝居のことなど全く知らない田舎新聞の記者が「同志」 に準じる扱いを受けたのには共通の知人がいた。

ただし、その人に紹介の労をとってもらうというような面倒な手続きはとらなかった。いきなり仕事場に押し掛け、自己紹介代わりに鹿児島の話をした。

それだけでは間がもたない。ついでに、普段に思っていたNHKにたいする恨みつらみをぶちまけた。

どうやら、それが面白かったらしい。



当時のNHK職員の働きぶりを見ると、おおむね3通りのタイプがあった。親方日の丸の神輿(みこし) に乗って威張っているだけの人、神輿を担ぐふりをして実際には神輿にぶら下がっている人。

それだけでは組織はもたない。余計な負荷でベラボウに重くなった神輿を必死になってかついでいる、本物の放送人がいた。

どんな組織にも似たような状況があるが、当時のNHK本社を覗くと、神輿3様の図式が透けて見えるような雰囲気があった。なんとも分かりやすいところだった。


脱線ついでに、蛇足。

日の丸をかついでいた当時の組織のうち代表的な2社は族議員によって無茶苦茶にかき回されていた。経営体としては放漫の極。飛行機なら墜落必至。


というのは、思いつきのたとえ話ではない。

軟派なんでも屋は航空記者クラブにも所属していた。日本航空が「ナショナルフラッグ・キャリアー」 と自称豪語し、安全管理が当時の東亜国内航空、全日空などより格段に優れているいるという“神話” が生きていたころの話である。

記者クラブ内の気の合ったもの同士が暇つぶしの茶飲み話に及んだ。話題はちょっと恐ろしい話。

だれかが“この次に墜落事故が起きるとすれば、3社のうちどこだろう?” と言いだした。

細かい分析をしたわけではない。みんな勘のあてずっぽ。

それが図らずも一致した。「日航!」。 その場に居合わせていた各社の記者のなかで他の航空会社をあげたものはひとりもいなかった。


世間一般の航空会社にたいするイメージと航空記者クラブの間にはズレがあった。記者クラブの構成員が書くべきことを書いておらず、記者自身もいらだっていた。

……ほどなくして524人を乗せた日航ジャンボ機が群馬の山中に墜落した。



親方日の丸のかつての日航とNHKに共通していたのは人事の不公正だった。採用に当たっては日航は運輸族、NHKは逓信族の国会議員が支持者の子弟などを強引に押しこんでいた。この悪弊、知る人ぞ知る公然の秘密だった。



さて、和田勉さん。 この人にはテレビカメラのアップ多用を批判したことがある。実はドラマづくりで和田勉さんが編み出した手法である。


もう一つ、あとで冷や汗をかいたのは黒沢明の「乱」 批判。映画やドラマづくりの現場を知らないドシロウトの立場をわきまえず、黒沢の衰えを隠しきれない駄作…と断じた。

ちょっと言いすぎたかな、と思ったが、勉さんは意外にも全面的に賛同してくれた。「年をとると耳触りの悪い批判を退けて、本人が気づかないうちに独断的になっていくんですね」と語る。


そこまでは良かったが、調子に乗り過ぎた。「黒沢監督は白黒は良かったけど、カラーはケバイ。衣装もやたら派手々々、やり過ぎではないか」 と言った。和田勉さんはいつもと同じ穏やかな顔で「そうだ、そうだ」 と相槌をうった。


「乱」 の衣装デザインは業界で高く評価され、特別賞を受けた。 担当したのは和田エミという女性。それが勉さんの奥さんだったのというは、後で知った。



和田勉さんは、どんな暴言、妄言も「そうだ、そうだ」 と笑顔で受け止めた。

後に民放の番組で「ガハハのおじさん」 として登場した。ガハハは演技ではなく、あの人の生き方の構えだった。

しばらく見ないと思っていたら先月14日、物故されたという。



追悼番組の「天城越え」 を録画してあったのでテレビに向かって居ずまいをただすような気分で再生した。

実は和田勉さんの作品をキチンと見るのは初めてである。

ただのアップ多用ではない。土工を演じた佐藤慶の土と汗のにおい、若いころの大谷直子のこぼれるような色香。それが画面から迫ってくる。


アナログの白黒画面からたちのぼってくるにおい。それにむせるような思いだった。 

今は表現する者も、日常を暮らす者もにおいに鈍感になったのではないか…、ふとそんなことを考えた。

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