じじらぎ

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才蔵どんのやりくり

∇…066 ∇…072旧元日    旧正月の元日。本当にめでたい気分。写真はパパラギの食堂から望む初日の出と接岸港から見る日没。
晦日(みそか) に月が出る…などという、まがまがしいことを許してはいけない。日本人のほんとうの暦は旧暦でないといけないのだ。


ものの本を読んで知った不確かな話では、新暦の採用は大久保利通の思いつきだったという。

明治5年は天体の動きとのつじつま合わせに1年を13カ月にする必要があった。うるう月といって12月を2回やる。

月末が重なって、借金を先延ばしする手合いには具合がいい。


学校の歴史の時間では教えないけれども、才蔵どん(大久保利通) は債務者だった。大名屋敷の跡に住んで贅の限り尽くした…などと言われて、紀尾井坂で「天誅」 を受けたけれども、彼が残した資産は借金の証文だった。

子孫のために美田を買わずと言ったセゴどん(西郷隆盛) と同じ。昔の薩人は、自分だけ良い思いをすること、金銭にこだわることを恥とした。


いかんせん、才蔵どんは借金払いだけでなく給与を払う側でもあった。

明治政府は官員をかかえていた。真面目に働くもの、働くふりをして働かないもの等々…、相当数の月給取りを抱えている。

うるう月だと12月がくり返される。2回も月給日がある。貰うほうは具合がいいけれども、払う側は大変だ。


明治新政府の台所の苦しさにあえいでいた才蔵どんは、月給日をひと月誤魔化すのに新暦を採用したとか!? 


それにしても、天体の動きと暦が食い違うのは困る。新暦を採用するのはいいけれども、旧暦を抹殺することはあるまい。「あれか」「これか」 でなく「あれもこれも」でいいではないか。


年賀状のやり取りは数年前から不完全ながら廃止した。厳密に言えば、「遣り」 を廃止した。「取り の方はもったいないと思いつつも有り難く受ける。

昔から旧正月に年賀状をくれる人がひとりいる。こちらは、船が毎日来ない島暮らし。きょうは何もなかったが、あす小宝港に着く村営船に年賀状が1通積まれているはずである。



正月が来て、急に暖かくなった。午後3時現在の気温は2階の食堂で21℃、思いつきで居所にした1階西南向きの図書室が22℃。





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