じじらぎ

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新学期

∇…004    卒業する子がいて、入学する子がいて分校の顔ぶれが変わった。新しい顔ぶれで新学期が始まった。写真は中学1年社会科の授業。
宝島小中学校小宝島分校の新しい陣容は小学生7人、中学生4人。先生は9人(うち1人病気休職中)。

前年度より少し賑やかになった。分校は賑やかになったけれども、分校をとりまく島の風景はあまり変わらない。



御一新なって学令が公布されたのは確か明治5年(1872年) だった。唐突な御触れではない。江戸後期にはざっと2万の寺小屋が津々浦々にあって、当時の日本人はだれも意識しなかったけれども、世界有数の識字率を維持してきた。

その歴史にささえられて日本はすんなりと近代に移る。 坂本龍馬はカッコいい。しかし、幕末の英雄たちの働きだけで維新が成ったのではない。


トカラ列島に小学校令が施行され、島々いっせいに公立小学校が開かれたのは昭和5年(1930年) のことだった。 同じ5年。しかし、大正を飛びこして2世代の落差。


明治時代に島を訪れた県の役人は、島民を「土人」 と呼んだ。しかし、一寸の虫にも五分の魂、「土人」 にも思うところがあった。

小学校令が出るまでは島びとは労力奉仕で教場をつくり、先生たちの給与も島民たちが工面し、足りないところは野菜や魚の現物で我慢してもらったという。

古い話と笑わないでほしい。島民の教育への思いと、そのために払われた犠牲は、トカラの歴史のもっとも劇的な部分、トカラのトカラたるゆえんだと思っている。


このところ、分校から足が遠のいていた。

授業参観だというので、久しぶりに分校の長い廊下を歩く。一種の感慨があるのは爺ぃの独りよがりの感傷か?
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COMMENT
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こんにちは。
普通に考えると、学校の先生は多いですね。
かといってどうしろって訳ではありません
Re: ヤットカメ
ありがとうございます。ウネヒメごわしたか!? 近くを通ったら探してみます。


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