じじらぎ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

国の進む道について

大震災の起きる前から考えていたことがある。日本の進むべき方向を今、変えないといけない。
差し迫ったことが二つある。

一つは図らずも東北大震災が起きる前、2月24日付のブログ「自衛隊解体論」で述べた。1月17日付の「震災」 と題したブログの追記(全文表示のところ)、昨年11月の奄美豪雨のさいの自衛隊の救援出動について触れたところ でも同主旨の指摘をした。


つまり、自衛隊を国民と国土を守るための存在としてはっきり位置づけるということ。

そのために編成、装備を特化し、世界の平和部隊として出直すべきだ…と考える。




過激に見えるかもしれない。自分としては余程おとなしい考え方だと思っている。

自衛隊の前身である警察予備隊はアメリカの要請で出来た。憲法の認めない私生児だったのが、いつのまにか世界有数の装備をもつ軍隊になった。防衛庁も省に昇格する。

それでいて国家 国民 国土を守る軍隊としての存在の在り方は曖昧なまま。曖昧なままに集団防衛の既成事実を重ねて憲法を食い、国家目標を骨抜きにする存在にまでなった。

このまま放っておくと、人類史上もっとも攻撃的な軍隊・米軍の無給傭兵に化す…というのが今、私が懸念していることである。

この見解に立つと、無原則な攻撃性を秘めることになってしまった自衛隊を、平和憲法と矛盾しない組織につくり直そうとする行き方は、少しも過激でないはずだ。


先の大戦で思い知らされたことが3つあった。

①戦争をいったん始めたら終わらせるのは難しい…という政治の慣性。②軍隊は軍隊自体は守るが、国民を守らない…という官僚組織の特性。③強大な装備、兵力はそれを凌駕する装備、兵力と対決せざるを得ない…という覇権主義の宿命。

①は補足の要はないだろうが、戦中派の代表として作家の司馬遼太郎氏に登場してもらうと、理解の一助になるかもしれない。

司馬氏の「坂の上の雲」 で描かれるリーダーたちは、美化しすぎのきらいはあるが、至誠の人たちであったらしい。日露戦争を始めるにあたって、終結・講和の際に仲介の労をとってもらうことを当時の米大統領(セオドア・ローズベルト) に依頼した。宣戦布告と同時に特命全権大使をアメリカに派遣している。

先の戦争では、開戦の翌年には戦局は行き詰まって敗勢は動かしがたいものになっていた。それでも、戦争をやめようとする動きは表面に出ない。

犠牲となった国民・軍人は300万人を超えた。そのほとんどは戦争の最後の年に亡くなっている。


②については沖縄、旧満州での無残に目を向けるだけで足りるだろう。軍は市民を見捨てるだけではない。戦車兵だった司馬氏は戦争末期に首都防衛の配置についたさい、上官の発言に驚愕したという。避難民で道路が混雑するときはどうしたらいいか、と問うとひと言、「キャタピラーで踏み潰して進め」。


③は戦記を再点検するまでもない。戦争が終わった後の冷戦時にも顕著な現象があり、軍拡競争が続いた。いまは“抑止力” という虚妄が大手を振ってまかり通っている。際限がないという点では戦前、戦中、および冷戦時と状況は変わらない。


自衛隊再編の具体策は素人の思いつきである。新憲法の精神を生かすためには米軍の戦略にしたがうよりも国連の指揮下で動いた方がいい…というのが基本。新世紀に入って組織的な軍隊同士の全面戦争よりもテロとの戦いの方が切実になったという背景もある。


国連の警察軍が半分、残り半分の要員は緊急援助隊・災害救助隊として再編成する…。

この構想を突飛とは思わない。日本の国土の特殊性を見つめ“防衛” の在り方をつきつめていけば、もっと前から考えていなければならなかった現実的で切実な要請だ。

日本が経済大国だったのは昔の話。実は今も昔も、世界に冠たる災害大国である。

東北大震災の余震はいつ終わるか分からない。遠い南の方はそれほどのことはないかもしれないが、火山脈はいつ活動を激化させるかわからない。台風、豪雨などの気象災害も忘れないうちに必ずやってくる。安心する理由はどこにもない。


この宿命に対抗するために日本は人類史上に類例のない国家として生まれ変わり、それによって生き残り、生き残り体験によって得た経験と知識、技術で外国も助ける。ほかに道はない。

災害大国から災害対策大国への転身…。


ことは急を要する。東北大震災の現場では今なお万を超す人が行方不明。放射能汚染がとまらないなかでかつて見たことがない瓦礫の山に立ち向かわなければならない。

作業をつづけながら必要と思われる装備、機材はすみやかに導入、必要があれば開発していく。法、予算とも過去のシステムや慣例は役に立たない。超法規的な措置をとり、装備、組織とも臨機にととのえながら作業を進める。



もう一つの方向転換は電源。

多様な小規模発電の組み合わせの方が現実的、効率的ではないか…という提案は洋上をただよう筏のような小島から折りあるごとにしてきた。

場所を都市部、工業地帯に移しても基本的な事情は変わらない。

原発は大きすぎる。電力需要は無尽蔵かもしれないが、原発は域内立地がむずかしい生産設備。域内どころか廃棄物処理は国境を超えている。

費用も巨額になり、国家がささえる巨大プロジェクトになる。大きいことは良いことばかりではない。軌道修正がききにくく、事業そのものが批判や疑問を封殺する無謬性(むびゅうせい) を帯びてしまう。

安全神話は国家プロジェクトに不可欠のものだった。技術として完成されていないことが意図的に無視されてきた。爆発を爆発的事象、水素爆発を水蒸気爆発と言いかえる欺瞞が公然とまかりとおるようになる。

やはり、これは間違っている。

福島第一原発は、生活の質を切り詰めてでも、原発依存から脱却すべきだという課題をつきつけた。故郷が立ち入れなくなるよりも出来る節約をした方がまだいい。

しかし、現実は予想していたよりも厳しかった。廃炉にはあと10年、15年かかるという。100度以下に冷やすのにも半年から9カ月かかるという。車にたとえればエンジンキーを抜いてもエンジンがとまらず、オーバーヒートして爆発する…。そんなバカな話があるか…と思うけれども、それが現実。

となれば過去に事故を起こした原子炉、事故を隠した前歴のある原子炉は、今すぐ廃炉の作業にかからないと間にあわないではないか? このままでは、恐怖の9カ月がほかでも次々に生じ、世界から日本および日本製品の忌避される状況が常態化していく。

事故隠しをした原子炉まで廃炉にするのは意味のない制裁ではないか、という人がいるかもしれない。精神主義的な制裁、処罰を考えるいとまは今ない。

福島第一原発の3号炉は29年前に炉心溶融の事故があったのを隠していた。今から29年前ではなく発覚した2007年から数えた数字である。今にして思えば、この時点で廃炉を決断し、実行すべきだった。

この事故隠しを最近になって知ったのは、発覚当時の報道の印象が薄かったせいかもしれない。当事者が修復可能な些細な事故だからと判断したからあえて公表しなかったのかもしれない? 発覚したのちも報道の姿勢は及び腰だったのかもしれない?

しかし今、こと原発にかんしては善意の思いなしや根拠のない楽観が通用しないことを知るべきである。高度な専門技術を人任せにしているからこそ、危険についての素人の素朴な懸念を納得のいくまで払拭していかなければならない。


実は地球温暖化防止の切り札とされる“最新技術”には人の意志で止める技術さえも完成されていなかった。こんな技術によりかからないと維持できない繁栄は間違っている。メルトダウンが次々に起きる前に軌道修正すべきだ。

これは書生論義ではなく、緊急の現実的な要請だ。やればできるはずである。

経済評論家の内橋克人氏は『世界』 の最新号でデンマークの事例を紹介している。かつてこの国のエネルギー自給率は1.5%だった。

それがバイオマスや風力、太陽光などの自然エネルギーの発電で現在は200%に近いところまで自給が可能になったという。ついでながら食糧自給率は300%。

デンマークで出来たことが日本でなぜ出来ない?


小国でないと出来ない、というなら東北が真っ先に独立すればいい。ズーズー弁を標準語とする「吉里吉里国」 を建国する。「邪馬台国」「桜島国」「トカラ国」「琉球国」 なども出来て、互いに友好と連帯のエールをおくる…。

東京の前知事は原発は絶対に安全なんだから東京湾につくれ、と豪語したことがある。引退するのかと思っていたその知事がまた出馬再選されからには都内に原発をつくり、東京湾の海水でせっせと冷やし続ければいい。男なら「天罰」 を他所に押し付けないで自分でかぶる覚悟をみせたらどうだ。


関連記事
COMMENT
COMMENT FORM
NAME
TITLE
MAIL
URL
COMMENT
PASS 管理者にだけ表示
TRACKBACK
TB URL : http://jijiragi.blog105.fc2.com/tb.php/732-63d8fe40
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。