じじらぎ

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ド根性ニンジンとサン婆

∇…091    サン婆が生還した。とにかく生きて帰ってきた。珊瑚礁の岩盤と闘って丸くなったド根性ニンジンとツーショット。

∇…059   サギの群れが来た。数をおさえるのが難しいが、40羽はいそう。
午後零時20分、定刻に小宝島についた「フェリーとしま」 でサン婆が帰って来た。荷物をかかえて身動きが思うようにならない女将を引っ張るような格好でタラップをかけ降りた。


いつものとおり元気いっぱい。…と思ったのは大変な間違いだった。

聞いてみると、サン婆は鹿児島から下る船に乗るときは、ほとんど死にかけたような状態だった。食べ物も水も受け付けない。12時間半の船旅に耐えられるかどうか、みんな心配したという。


船を降りるときに元気そうだったのは理由が分からない。とにかく、その時だけのことだった。

今は、自分が何者なのかも分からなくなった気配。 爺の顔を見ても、どなたか存じませんが、ご親切なことで…とでも言いそうな顔をして、ろくに視線も合わせない。

へたり込んで眠るのならまだいいけれども、ヨロヨロしながら同じところをぐるぐる回る。人間なら“徘徊”。



このところ急に元気がなくなったので、鹿児島の動物病院で検診してもらうことにした。その結果、「病気はない」 という。

それでホッと胸をなでおろしたが、「病気がない」 というのは実は病気以上に深刻なことだった。

つまり「老衰」。

病気ではないから、つける薬もない。 …生きていることが何かの間違い。
 


婆とは「くたばり競走」 を仕掛けて、どちらが先に往生するか張りあうつもりだった。しかし、ここまで来たら勝負は目に見えている。

だいたい、年の差がありすぎた。

数え年で言えば爺はやっと70歳。人間の老人の世界では古希の洟たれ。

サン婆は18歳。犬の18は番茶の出ばなではない「出がらし」。人間なら百を優に超える年だという。

それでも、ついこの間まで爺の自転車に伴走して駆けていた。


それが、どういうことか、病院で診てもらって帰ってきたら、寝たきり寸前。おかげで爺は“起きたきり” 状態。




人参は裏の畑にあった苗を庭に移植したら葉が繁った。抜いてみると球状になって下半分は金平糖のような突起がいくつかついている。薄い表土の下は珊瑚礁で、根をのばそうにものばせない。

とくに関わりはないけれども、同じ庭の動物と植物の2ショット。

それぞれに頑張って、食う存在の動物よりも食われる立場の植物の方が元気が良い。



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