じじらぎ

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小宝の空

∇…181   ハシブトガラスが1羽、防災無線の拡声器の柱にとまっている。島のカラスは2羽と決まっているが、今はなぜか1羽だけ。 どういう事情なのか? この4年内で初めてのこと。

生物相の空模様はそれなりに賑やか。

アマサギは島のあちこちにいる。数はおさえられないが、50羽はいるかもしれない。

南原(はえばる) 牧場では牛についている鳥と牛の群れから距離をおいて草原に散開しているのがいる。早く渡ってきて牛に慣れた組と、さいきん渡ってきて牛にまだなじまない組に分かれているのかどうか?

日の出のころの海辺ではイソヒヨドリがしきりに鳴く。

不安定な天候ながらも夏の気配が近づき、ブヨ、ハエ等の虫、アサギマダラ、ウスバキトンボも飛び回る。鳥の影も濃くなった模様。珍鳥の類ではアカガシラサギが1羽、藪から飛び立つのを見た。



66年前の5月17日の空は荒れた。『十島村誌資料編1』 によると朝から宝島が激しい空襲を受けた。対岸の火かと思うと間違いで、そのうちのグラマン2機が小宝島に飛んできた。

「小宝島を旋回し湯泊温泉場の方から低空で島の半分を機銃掃射、また旋回して残りの半分を機銃掃射」。いま村の掲示板がある三叉路の竹やぶに打ちこまれた曳光弾であたりが火の海になり、折りからの北風にあおられて15戸が炎上した。人も狙い撃ちされて2人が負傷したという。

敵機の編隊はしきりに上空を通過したが、その後に空襲はなかったという。戦闘機2機が2回旋回して小宝島の空襲は終わった。

それにしても、辺鄙な島の民家を焼き払い、逃げまどう人に機銃弾を浴びせることに戦術上どんな意味があったんだろう。





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COMMENT
唐突に・・・
 唐突に申し訳ございません。小生、琉球と鹿児島の歴史的関係などを研究している者でございます。
 そこで、『十島村誌資料編1』(平成8年刊)を手に入れたく、ネットを検索していてこちらへおじゃまいたしました。
 この記事を拝読しまして、太平洋戦争の恐ろしさを再認識いたしました。祖母の追うとが知覧から出撃。沖縄の沖で散華したようです。恐らくは、御地の上を通ったかと・・・。
 もう二度と、あのような愚かな戦争を繰り返さないよう、小さな蟷螂の斧をふるいたいと思います。
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