じじらぎ

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帰還

∇…だく足114     8日朝の上り村営船「フェリーとしま」 に乗り、この日の夜8時40分鹿児島港に入港した。帰路は13日深夜乗船、14日午後零時10分過ぎ小宝島港の岸壁に降りた。

今回もどうにか自称・凪男(なぎおとこ) の面目が立った。行きも帰りも雨天ながらベタベタの凪。


戻るとサン婆はなぜか元気を取り戻していた。散歩への興味をほとんど失っていたのが、急がせると馬なら「ダク足」 といったテンポで小走りに道を行く。

あの世の入り口で受け付けだけを済ませ、そのまま戻って来た格好。

なぜドタキャンしたのか、本人に聞いてみないと分からない。

病気の達人!?】  今回の鹿児島詣での目的は例によって、病院めぐりと諸手続き。いつもと少し違うのは住民票を鹿児島市から十島村に移した報告と異動手続きが加わり、その分面倒になった。

病院医院めぐりで脳神経外科が急に浮上したのは想定外の歯の痛み。

それが上り、つまり鹿児島に向かう船の上で首をもたげて、「フェリーとしま」 が鹿児島に接岸するころは我慢の限界ギリギリのところまで亢進した。

虫歯とは違う重い痛み。傷む個所は正確に言えば、歯ではなく右上顎だった。咬みあわせに妙な負荷がかかっているらしい。

9日朝いちばんに行きつけの歯科にかけこんだ。25年来お世話になって来た老医師は、珍しく首をかしげた。原因、因果がはっきりしない。

とりあえず、奥歯の金冠部分を削って上下の咬合をゆるやかにする措置が試みられた。これが当たった。


ひとまず、痛みは我慢の範囲内におさまった。万々歳!

……と、思ったのはつかの間のことだった。


うす気味悪い鈍痛がいつまでも残る。それだけではない。やがて、顔の右半分に脹れと痺れが出てきた。


出てきた…と言ったが、激痛がやわらげられたために今までにもあった脹れと痺れが気になりだしたという可能性も捨てきれない。しかし、万が一、新たに生じた症状であれば脳神経にかかわる異状の恐れがある。

この心配を、若いころ養護教諭をしていたパパラギの女将に伝えると、気休めを言ってくれない。心配をあおるようなことを口走り、脳神経の専門医の診断を受けなさい…と厳命した。

かくて、未知の分野のお医者さんを探す厄介な仕事がくわわった。


県医師会が公表している休日当番医のリストには出ていないが、駆けこめばいつでも対応してくれるという病院が1つだけ鹿児島市内にあるらしいことが分かった。それと、休日の診療はしないが、月曜日まで待てば「断然お勧め」 という医院を紹介してくれる人もでてきた。

とにかく、転出届を出したばかりの土地で途方にくれる事態は避けられた。


結果的には、さんざん迷った挙句、脳神経外科の門をたたくのを見送る決断ができたのは船が出る日の13日月曜日の昼過ぎ。馴染みの歯科医院でダメ押しの治療をしてもらって、このまま船に乗ってもいいような気分になった。


そんなわけで、診療科をこれ以上増やさないという願いをかろうじて守ることができた。

運が良いのか、悪いのか分からない。

船の上で急に痛みが出て予定の計画にしわ寄せがでた。旅先となった鹿児島市のホテルのベッドで一日中寝こむというのは、全くの想定外だった。

しかし、痛みの発症が鹿児島市から島に戻る下りの船でなかったのは幸いだった。

年季が入ると、体の不具合も都合のいいときに出てくる。  ……ひょっとしたら、病気を調教する腕をいつのまにか磨いていたのかもしれない!?
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