じじらぎ

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鹿児島空襲と人殺し将軍

きょうは鹿児島空襲の日。

戦争末期、鹿児島県内の本土はもちろん、小宝島を含む離島まで空襲を受けた。なかで被害が目立ったのが、昭和20年(1945) 6月17日の鹿児島市空襲だった。
鹿児島空襲については、一昨年のきょうの日付で書き込みをしたので、詳しくくりかえすことはしない。

テレビのローカルニュースで鹿児島市での慰霊祭の模様が報道されていた。忘れ去られているわけでもないようだ。

ごく一部にしろ、忘れまい…とする意志が息づいている。


このニュースで、戦災慰霊のモニュメントが健在なのを知ってホッとした。

この碑は、かつて鹿児島市役所本館の道路向かい、みなと大通り公園のいちばん目立つところにあった。その後、みなと大通り公園の改装、街路樹の植え替えにともない端っこ、というよりも公園の枠外に追いやられていた。

かえりみる人はほとんどいなくなったが、撤去されなかっただけでもメッケモンと思うべきか?


モニュメントは具象の名残を残した抽象彫刻で、普段なじんでいるうちに不思議な存在感をもって何事か訴えかけてくる趣があった。美術的な価値も高いと思う。

公園の改装後、このモニュメントがあったあたりには、当時の建設大臣名で模範的な改装であったとする旨の石板が置かれた。

おくめんもないお手盛りの顕彰。

女子マラソンの選手が「自分をほめたい」 と語るのはご愛敬だが、利権がらみのお仕着せ思いつき工事の醜悪な記念板。日本人が羞恥心を忘れたことを物語るかなしい置物。


美術品に類するものはヘンリー・ムーア風の背の高い現代彫刻が据えられた。相当に金がかかった風でカッコいい。

が、やっぱりひねくれる。 カッコいいからすべて良いとは思わない。


その後に、関係者の名前を石板に刻んだ新しい戦災記念碑が別のところ、マイアミ通りの一角にもうひとつ立てられた。なぜ2つ目の碑を立てるのか事情をききたいと思いながらそのまま。

とにかく慰霊の催事は昔からのモニュメントの前がいいと思っていた。同じ思いの人が死に絶えていないことを確認できて、有り難いことだった。



戦争末期の空襲、原爆投下を指揮した人殺し将軍、カーティス・ルメイの「勲一等ヤミ叙勲」 については前にも少しふれた。これも忘れてはいけないと思っている。

かつては公然の秘密だった。今は“国家機密” の様相になった戦後史の暗黒面。というより汚辱の現代を象徴するスキャンダル。

今の政治、国防、防災体制の矛盾を解き明かすカギのひとつでもあると思っているので、6.17を機に蒸し返したいと考えた。


いかんせん、頭に血がのぼってきて整理がつかない。後ほど、頭を冷やすことができたらクドクドと愚痴りたい。
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