じじらぎ

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手前提灯

午後1時から村の住民ンターで自治会の総会があった。子どもを除く登録島民45人のうち、出席者は27人という。ほかに委任状13人分があるので、手続き上は40人出席。

村に住民登録して出席するのは初めてだった。ほんとうに言いたいことは遠慮して、ささやかな提案をしてみた。

そのつもりだったのが、つまらない議論に時間をついやすきっかけをつくってしまう顛末になったような…。我ながら情けない。

島の街灯を光センサーの自動点滅から、一部をタイマーセットの点灯、あるいは手動スイッチに切り替えるのはどうか…という提案は、電力節約の観点から切り出してみた。

これが通じない。電灯は煌々と明るければ明るいほどいい…という思い込みがあるようで、ときには暗いのがいいといっても、いっしょに考えてくれる人がいない。

このことを語り出せば長くなる。そして、長々と語っても分かってもらえそうな話でもない。

31年前、中之島と平島にわたったとき、島の暗闇の深さが胸に刻まれた。

中之島では日高岩吉さん、セクさんのことが忘れられない。この老夫婦は2人そろって全盲だった。目の見えない夫婦がトカラの闇のなかで夜のさまざまな音を聞いて暮らしている。

もうひとり、この人との邂逅がなければトカラ列島の存在そのものも忘れてしまう、そんな存在になったのが平島のウンドー爺ぃ(用沢重忠) さん。

当時、トカラでたったひとりのクリスチャンといわれた。生涯、沈黙をまもって暮らした。


この人の生き方はその後もなんどか反芻するように考えることがあった。

年をとってから気づいたのは島の祠(ほこら) を焼きはらった過激な行動で半ば伝説化したこの人は、ところの神々に心の奥深いところで敬意を抱いていたのではないかということだった。


このことは土俗の神々を畏怖しつつもカトリックの洗礼を受けた作家の島尾敏雄さん、島尾ミホさん夫妻と接する機会を得て気がつかされた。

仏門に帰依した作家の石牟礼道子さんの生き方にも教えられた。たまたま知り合ったドイツやイタリアの神父さん、真宗の坊さんたちの意見と生き方も示唆にとんでいた。

(……話の勢いで偉い人の名前を連ねてしまった。念のため、自分が偉いわけではない。年ばかりくって人として修業は人並み以下である)


祠を焼き払いながら神々を崇めたという矛盾をを説明するのは難しい。あえて比ゆ的な言い方をすれば、闇があるからこそ光がある。

さらに飛躍をゆるしてもらえば、神々の声なき声はただ恐れ入って聞く、意味を考えてはいけない。神々の姿も見てはいけない。ただ闇に黙して座すのみ。

神々を語るようなまがまがしいことはいけない。この世を正すのにもう一度、キリストさまの降臨を願うようなこともいけない。



話が、大層なところに脱線してしまった。

本音を申せば、島にドラム缶を運び込んで夜も絶やさず火力発電所のボイラーを焚き続けてきて得られた明かりが、あまりにも明るすぎるのが気にくわないのである。


31年前、初めてトカラに渡るとき懐中電灯を忘れるなと忠告された。当時は闇が当たり前だった。

今、小宝島の道路はコンクリート舗装されて、星明かりでも遠くまで道が光って見える。懐中電灯もいらないかもしれないのだが、今なお夜に出歩くときは懐中電灯を携える習慣がまもられている。

一人ひとり自前の明かりを携えて、足元を照らして歩く。手前提灯の心がけはいつまでも大切にしたいと思っている。


もう一つ、村の住民センターに食器を買い整えるのに10万円の予算が組まれていたのが気になった。今まで通り、それぞれが手前の重箱や皿を持参してくればいいではないか…。

それに何か不都合あるのか聞いてみたら、自分の重箱や食器がわからなくなって混乱するのだという。



古い話を申せば、胃の切除をきっかけに餓鬼になることを決意した。

まず、命をとりとめた病院のベッドの上で推定、あるいは希望の余命を考えてみた。

それに基づいて計算したのが、あと何回、夕食がくえるか、つまり、あと何回、いやしさを全解放する機会があるかということ。


老い先短いのに、まずいものを口に入れるわけにいかない。電撃的に悟ったのは、まずい物は毒だ! ということ。


さしあたり、体にとってまずかった抗癌剤を途中でやめて病院を抜け出し、焼酎に切り替えた。いらい11年、抗癌剤より焼酎が効いたと固く信じている。


晩御飯をおいしくたべるという明確かつ切迫したイメージがあるので、朝昼は粗末な食事でも喜んでいただく。

そのかわり、まずいものを出されたら、ためらわずに箸をおく。晩御飯のためにあと口の悪い思いをしないようにせねばならぬ。



この間、鹿児島市で出されたラーメンはひどかった。目立つ場所に派手な看板や内装で、鹿児島にあたらしい名物ができたような触れ込みだったので昼飯に寄ってみた。

出された丼からたちのぼる臭いをかいで一瞬にして夢と希望を断たれた。


豚小屋が丸焼けになって、焼け残った餌箱の中身をそのまま柄杓に汲んでどんぶりに盛ったような臭い。

クサヤの干物と同じで、臭いは悪くても味は良いのかもしれない…と思いなおしてみた。それも浅はかだった。我慢して2口まで咽喉に押し込んで、箸をおいた。その後、数時間、口の中に残った後味の悪さに悩まされた。

再開発された鹿児島の新しい名物ラーメンの値段は、たしか730円。その値段なら、下剤と嘔吐剤をサービスにつけても店としては損はすまい。


一生の不覚であった。原点の大事さをまた思った。

つまり、島の寄り合いなどでは誰がどんな料理をつくるかをキチンと見極める。そして、心をこめて箸をつける。この心がけに一層の磨きをかけないといけない。


そんなわけで、ひとの重箱を見れば中の風景で誰がつくったものか、おおむね見当がつかないといけない、と以前から思っている。

実際には努めてそうするということでもない。初めて見る重箱内の風景も、いかにもそのひとらしい…と自ずと納得できるのである。


男の自分でも大きな間違いをしない。それなのに、本人が自分の重箱や皿を区別がつかないということがありうるだろうか?


そこまで考えて、アッと思わず声が出そうになるのを飲みこんだ。

説明はそうだったけれども、話は逆なのではないのか? 混乱が起きたという話は漏れ聞いたことがある。

しかし、その時は、重箱や皿の中身が分かりすぎたことが混乱の原因だったのではなかったのか?


この先のことは確かめない方がいい。まったくの邪推であれば有り難い。


それにしても、手前提灯、自前の料理の持ち込みが不合理で、面倒になったとすれば、これもご時世か? と思ったところで、中村草田男風の剽窃一句。

道まぶし トカラは遠く なりにけり…。

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