じじらぎ

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島の日暮らし

★s-_MG_0429     日の出がしっかり見えた。 午前5時50分、湯泊の温泉場から7、80㍍南に下って黒瀬海岸から。

★s-_MG_0449     湯泊にもどって♨へ。 爺は温浴、サン婆は日光浴。 婆の長生きは金色の朝日を一杯浴びているためかもしれない。

★s-_MG_0466     温泉場の周辺ではイソヒヨドリも朝日を浴びている。 普段はそこいらの岩のてっぺんに陣取って、余念なくさえずるのだけれども、きょうは2羽が追っかけあって遊んでいる。 メス同士に見える。 何のための行動だろうか?

★s-IMG_0487     サン婆と接岸港まで赴き、夕日の日光浴。午後6時52分。 水平線のところには雲の層があった。


観光施設は日没が見えるところに立地する…という話を聞いたことがある。

日の出は一日の始まり、これから身支度して仕事に精出さないといけない。夕日は何もかも終わって、浴衣にでも着替えて、くつろいだ気分になって心行くまで眺められる、ということらしい。


なるほど。

しかし、客のこない宿屋の用人を兼業する年金生活の遊び人としては、賛同しかねるところがある。


旅に出て、朝からくつろいでどうして悪い?

どだい観光は労働とは違う。 旅先ではくつろげばいいではないか。


宿屋の用人はあえて業種を唱えれば観光業であろう。観光業者の爺ぃがモタモタ、ノタノタやっている。観光客がセカセカすることはない。


そんな気持ちが15年前に亡くなった創業者にあったのかどうかは知らない。とにかく、パパラギは日の出の見えるところに建てられた。

日の出を見に来る人は少ない。見る人はいなくても、お日さまはキチンと昇る。


それはいい。ただ、分かるような気がしながらも、やっぱり分からないことがことがある。

どうして人の来ない、来ようと思っても来にくいところに宿をつくったのか?



客を拒否するところに立地した宿の女将は、たまに舞い込んでくる予約の電話を無愛想にあしらう。

なぜ無愛想なののか詮索は無用である。もともと深い意味はない。


しばらく、無愛想な声も聞けない。

よんどころない事情で女将は急きょ鹿児島市に出かけた。


宿はいまサン婆と爺がふたり。

何をしているのかといえば、互いに老々介助をしている。予約の電話には爺が出て、愛想のいい声でお断わりしている。








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