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番外(かごしま日記)…名山堀

138 (800x552)   鹿児島市名山堀(めいざんぼり) の飲み屋街で古くからやっていた店が焼けていた。 天ぷら鍋の過熱が原因らしい。 火は両隣りに移り、道路向かいの2軒の2,3階まで飛んだ。

ここらは昔から馴染んだところ。 火元の女将(80歳) は昔からしっかりした人だったが、いっときの油断が大事を招いたらしい。 ご亭主は3年前に亡くなっていて、ひとりで店を切り盛りしていたという。

小なりといえども知る人ぞ知る名店だった。


新聞は1955年ごろ建てられた…と報じていた。 戦後の歴史についていささかでも心得があれば起こり得ない錯誤だが、これは間違い。

建築基準法施行(1949年) 以前でないと許されない木造の3階建て長屋造り。 度重なる空襲の焼け跡から復興していく過程を物語る歴史的な建造物である。 

復元したいという声もあるが、地権者があまりにも輻輳している。 建物も古くなったが家主も年をとり過ぎて独りでことを決められなくなっていたりする。 残念ながら難しい相談だろう。 


166 (640x419)  近くの通り。 1シーンでは分かりにくいが、右側の木造が砂糖屋さん、道路向かいの写真左の建物も実は砂糖屋さん。 今どき砂糖専門店というのも珍しいが、ここでは商売敵が向き合って並んでいる。 

少なくとも鹿児島でいちばん甘い通り。 

終戦直後、奄美の物資を扱う店がひしめいていた頃の名残りである。 近くにある瀬戸物屋さんを覗くと白髪のお婆さんが出てきて、商売そっちのけの昔語りになった。


名山堀といえば市役所本館の正面から海に向かうところ、今の港大通り公園一帯と思う人がほとんどだろう。 昔はもっと広く市役所前から鹿児島駅(鹿児島中央駅とは違う、昔の本駅) に向かう今の電車通りも名山堀と言っていた。

明治のころ、市役所が移転してくる前は郵便局があった。 郵便物を船で運び込むための立地である。 鹿児島市は昔、堀割りが縫う水の都だった。
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