じじらぎ

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番外(かごしま日記)…墓

154 (1024x742)    墓参りは信心でするのではない。 信心の形をまねながらも、ほんとうは生きてなお現世にある者の慰み、娯楽。 

拝む時間よりも墓標の示す方角に向き直り、海を眺めている時間の方がずっと長い。

 
墓は滅法見晴らしのいいところにある。 広大な墓地のてっぺんにある古く粗末な墓標は、いつも海を向いている。

目の前に18歳まで生きた空間が広がる。 その先は果てのない海と空。 

故郷の風景は無限であった。 一所不在、住まいが定まらないのはそのせいかもしれない。 


高校生のとき、白寿の古老に「ゾヨンおじ」 という人物の話を聞いたことがある。 墓石に「惣右衛門」 と刻まれているのがその人。 曾祖父に当たる。

その先はどこの馬の骨とも分からない。 平家という話もあるが、代々の本当の墓所は壇ノ浦よりずっと前から海だったに違いない。

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