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番外(かごしま日記)…新婚旅行の像!?

151 (640x465)   鹿児島市の石灯籠(いづろ) 通りに工作物が据えられていた。 だれが何時、なんのために立てたものか?
説明板を見ると龍馬とお龍なのだという。 歩道と同じ平面上に、実際の人の背丈より一回りか二回り小ぶりの工作物が、いつまでも突っ立つ。 

邪魔だけれども退いてくれない。


鹿児島は幕末維新にキラ星のごとき人材を輩出したのに今は見る影もない…と言われる。

これは、郷党意識が勝ちすぎた年寄りの愚痴妄想ではない。 

昔の人は優れていた。 今はダメになった。 この事実は動かしがたい。 なぜにそうなったか理由のあることで、語れば長くなる。



最近は、ダメが当たり前になって、ダメになったという自覚さえなくなった気配。

その証拠の一つがこれ。


だいたい、こんな物をたいして関係のない場所に立てて、土佐高知の人たちに申し訳ないと思わないんだろうか?  

品がないとまでは言わない。 しかし、国を思う男の顔ではない。 道行きというよりも夜逃げの雰囲気。 男に合わせて女の顔も貧相にこしらえてあるのが、また情けない。

 
昔、離島や日向南部を含めて、ここらあたりに住まうものは、それなりの顔をしていた。 

生まれついての造作の問題ではない。それぞれに鑑賞に耐える顔をしていた。 

士農工商の別もない。 みんな貧しくて、貧しいながらもそれぞれの思い、心意気と風雪の刻まれた味のある顔をしていた。  


昔の鹿児島人が美的感覚に劣り、こんな工作物を通りの風景のなかに据えて平気なほど神経粗大であったという証拠は確認していない。 逆の事例ならいくらでもある。

この種のことを他所と比べるのも変だが、平均的な美意識のレベルは全国の平均水準よりかなり上を行っていたと考えている。

昔なら、こんなものを街の真ん中に据えることは出来なかったに違いない。 

鹿児島もつまらない所になった。 トカラ列島のいちばん辺鄙な島から出てきて、県都が文化は果つるところになっていたことを知らされた。


だれがつくったのかは知らないままボロクソ言った。 申し訳ないとは思うけれども、言い過ぎだとは思わない。



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