じじらぎ

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村からの贈り物

13日深夜に鹿児島港を出港する村営船に乗り、14日昼過ぎ小宝島に上陸した。


島も結構あわただしい。 24日告示の村議選に出るという人たちの訪問を受けた。 

みなさん、みやげはなく手ぶらでの戸別訪問。 よろしく…とおっしゃるだけ。 

……念のため、“みやげ”というのは金品のことではなく、公約。 

その場限りの口約束でもいい。 よろしく…という型通りの挨拶だけでなく、抱負のようなものを語ってほしかった。 





金品は好きだが、かと言って無暗にものを贈られるのも面白くない。 十島村民になってうんざりするのがそれ。 ……見境のないバラマキ村の豆鉄砲。

120.jpg   机の上に妙なものが置いてあるので確かめると、村から届けられた日本復帰60周年の記念品だった。 物件はデジタル時計と記念アルバム。 これを全世帯に配ったらしい。


刻(とき) のとまる島…を売り物にしている村が送りつけてきたのは、時間を数字の細片に切り刻む文字盤のない時計だった。 

こんなものを呉れと頼んだ覚えはない。 もらってくれと頼まれたこともない。 




記念アルバムというのは各島の村民の集合写真などを載せた写真集。 余命いくばくもない爺ぃにとっては初めからゴミ同然のしろもの。


前に集合写真を撮るから集まってくれと言われたことがあった。 写真を撮るのは好きだが、撮られるのは嫌いである。

むやみに集まり、徒党の構成員や準構成員になるのも好きでない。 写真を撮るから集まれ…という号令がかかったとき、あえて出向くことはしなかった。

宿の女将も集合写真に写っていない。 庭でサン婆とじゃれ合うのを中断してまで写真を撮られに行くのは気が進まなかったらしい。 

犬のサン婆を含めて辺境の島の極北に居をなすパパラギ族にとってはなじみのない、なんの記念なのかよく分からない印刷物。 豪華なように仕上げられていても、ちっとも嬉しくない。


長い年月をかけて集めた資料や本のたぐいは、推定余命に照らすと生かし切れそうにないものがほとんど。 未練を残しながら順次処分しているところに、実用の役に立たない印刷物をことわりなしに送りつけてくる。 

余計なお世話である。 

村は、こんなことで村民が喜ぶと思っている。 はした金を投げ与えられた乞食のような気分にさせられた。


……それにしても、十島村民・トカラの島びとにとって祖国復帰とはいったい何だったんだろう。 これをキチンと説明してくれる人はどこにいるんだろう。





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