じじらぎ

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台風15号

DSC02331 (800x600) DSC02333.jpg   …1814時、マショの湯の入り口から

きのう出港予定の村営船「フェリーとしま」 が欠航になった。 来るはずだった船がこない。


島は孤立し、台風はだんだん大きくなる。 

接岸港だけでなく島の入り江や泊は騒ぐ波を騒ぐままにして、なすすべがない。 入り江や泊の海岸線の美しい変化は、台風になると益体もない欠損地形。


島じゅうが霧状になった海水を浴び、塩漬けになる。  海岸沿いの自然林はカンカンと日が照っているのにぞっぷり濡れた。 

この5月いらい庭を開墾して植えた作物群は壊滅した。  また種をまくべし。  そのためにも台風は早く来て早く去ってほしい。 




あいまいな天気のなかサン婆と散歩、その後 明るいうちから雨戸を閉めきってテレビを見る。 大曲の花火大会の中継はバックグラウンド・ミュージックがせからしい。 

そういえば鹿児島市でも花火をやっているはず? 

2年前の鹿児島の花火大会の日、三鷹の伯父がみまかった。 通夜にも葬儀にも行かなかった。 電気関係の技術者だったが、音楽、美術、哲学にもくわしかった。

花火の後、チャンネルを変えて今村昌平の『うなぎ』 をみる。 「殺生戒」 と「大悲」 という仏教の教えを思い出す。


その前に憲法改正についての政治討論の録画をみてゲンナリしていた。  

欧米の憲法はキリスト教を倫理的なバックボーンにしているが、日本にはキリスト教がないので天皇を象徴として担ぎ出さないといけないのだという。 


なんのこっちゃ!

中学生でも知っている世界史の常識では、西欧の近代化は教会の支配から離脱し、貴族・王族の専横から解放されてゆく過程だったはずだ。 紀元前の昔から今なお続く終わりのない紛争・殺し合いは一神教の絶対善の相剋によるものではなかったか…。 

人類は神の名のもとに殺し合いを重ねてきた。 この愚かさにそろそろ気づくべきだろう。  

もし日本の憲法に倫理的な支えが必要ならば恵比寿さま、権現さま、阿弥陀さま等々…八百万の神仏の加護のもと、殺生戒と「悲」 の心がけがあればいい。 それ以上何が必要だろうか?  法制に建前やお説教の飾りをゴテゴテつける必要はない。



 




    

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