じじらぎ

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別れ

IMG_0350 (800x482)    27日0801時、小宝島港。 新学期が迫り分校の先生5人が島を去ることになった。 

今日は、うち4人の出発式。 接岸条件だった村営船にタラップがかけられ、去る者と残る者、それに子どもたちが紙テープの両端を握る。  荒波のなか、船は定刻を守ってもやい綱をほどいた。



春へ

季節は静かに動いている。 今朝方は湯泊から南に下る海岸道路でツバメを1羽見た。 逆光をとびぬけるので、種類は特定不能。

アマサギも1羽、2羽見る。 群れは確認していない。




DSC04208 (1024x768)   これは19日0639時に湯泊で撮影したお日さま。 その後はっきりしない天気が続く。

気温は高め。 昼は27度を超す日も。



IMG_0222 (1024x694)   19日1238時、村営船「フェリーとしま」下り便が入港した時に船の上を鳥の群れが飛び越して竹の山の方角に向かった。

渡りのカラスかと思ったが、後で写真を拡大してみるとサギ類。


IMG_0243 (800x595)   21日1218時、パパラギの庭から湯泊の立神(たちがみ) の方を見たら、てっぺんにアマサギがいた。 もう1羽いたが、どこかに飛び去った。

この日、庭ではウスバキトンボが飛んでいた。 5,6匹。 今年初めて見る。

接岸

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DSC04222 (1024x739)     小宝島だけがなぜか風が強い。 宝島からの折り返し上り便は抜港を心配した。 

手持ちのインスタントカメラの時刻表示では、村営船「フェリーとしま」は0746時に港内に入り、0804時に離岸して港口に向かった。

この間18分。 

錨をうたないまま7本のロープと船尾のスクリュー、さらに船腹の横向きスクリュー2本でバランスをとって人を乗船させ、クレーンで荷物を積む。 

観衆のいないところで懸命に演じられる日常(ルーティン) の名人芸。 寸分の狂いも許されない。 万が一修繕・ドック入りということになるとトカラの島々は孤立する。



上り便最後の港・口之島を出たところで十島村防災無線の放送があった。 鹿児島港には2030時、定時に着くという。

 

オスプレイの露払い?

1709戦闘機     1709時、米軍の戦闘機が轟音をあげて竹の山をかすめていった。 1700時ごろには海側を同じく北から南へ飛ぶ機がいた。

小宝島上空の低空飛行は、外務省を通じて米軍に自粛を申し入れていたと聞く。  しばらく、なりを潜めていたが、政権が変わって軍事国家へ舵をきったのに呼応した動きなのかどうか?



海が遊ぶ

012 (1024x696)   0658時、きょうもズボラしてパパラギの食堂から動かず、視界に立ちふさがる電柱電線ごと撮る。 情けないけど、腰が重くて動きたがらない。


震災から2年と1日…。 

テレビ報道では復興は遅々として進まない。 三陸海岸の港では出漁を手控えた漁船がひしめいていた。 

漁船がいっぱい遊んでいる。 腕のいい漁師もやむなく遊んでいる。 



小宝島では海が遊んでいる。 今のところ放射能とは無縁の豊かな漁場が島を取り囲んでいる。 それなのに漁に出る船はあまりにも少ない。

いっときでもいい、三陸の漁師たちに船ごと、家族ごと来てもらったら大歓迎するのに…と宿の女将と語り合う。


 

外部者

072 (1024x762)   0703時、お日さまは水平線から離れた後も赤いまま。 もやのせいだが、大陸から飛来したものとは違う。



分校では卒業式があった。 しかし、3月議会の初日。 コミュニティセンターのテレビ中継に午後の間じゅうつき合う。 

役場が陸続きにないところでは身の回りで起きていることが何ごとなのか、これから何が起こるのか分からない。 しんどいけれども、議会にはりついて情報の断片を拾う。



良い知らせは、「としま」の運航改善。 新年度予算が国会でとおりしだい、週2回、つまり毎回の名瀬寄港が実現するという。 

悪いニュース、つまらない話もいろいろあった。 村の施設の運用を民間に委託する指定管理者制度についてはいかにも十島村らしい妙な議論が交わされた。

運用の在り方に問題を抱えた事例があって、管理者を選ぶのに工夫がほしい…というのが当面の課題。 それで、管理者選定委員会に外部者を入れたらどうだろうか…という話がだされ、結局はうやむやになった。

この場合、「外部者」というのは学識経験者の類かと思ったら村民のことだった。 

現在の指定管理者選定委員会は役場の課長級以上の管理職だけで構成される。 それに村民もいれたらどうか…というのが提案の趣旨である。 結局、これまでの通りでやってみようということになった。


それにしても、この場合「外部者」の参画を無用とする「内部者」とはいったい何者なのか?

役場職員ならば事務方、実務担当者とその周辺のお役人たちである。 まさに「内部」。 内部なのに機密の意識も閉鎖性の自覚もない。 号令をかけて向こう三軒両隣の課長さんたちが集まると、それが選定委員会。



十島村の「内部」の妙なところは、「内部の」選定委員に十島村に住民登録している者は一人もいないこと。 みんな、鹿児島市民か姶良市民。 この人たちが「外部者」が要らない…という言い草をする。 考えようでは、すさまじい、いみじき振る舞いではないか?

このことの可笑しさ悲しさに誰も気づかないまま議論は進められた気配であった。


鹿児島のあれこれ

021 (1024x768)     19日0731時、鹿児島市内の宿舎の7階廊下から。 川は清滝川、お日さまが顔をのぞかせているのは大隅半島の高隈山、左手は桜島。




用事があるから鹿児島に赴く。 だから鹿児島でのあれこれを語れば長くなる。 

長くなるけれども、ほとんど私ごとにわたる。 面白いことが半分、面白くないことが半分。
 

面白いと自分で思うことも、ブログでひと様に読んでもらったらひとりよがりの益体もない退屈な話になるはず。





それを承知で一つだけ記録として残すとすれば、鹿児島に着く前日にひとり娘が男の子を出産した。 

高齢出産の初産である。 母子ともに健康とか。



孫はかわいいものだという。 

こんなのがかわいいという気分なのか?  

周りではお爺さんにそっくり…と面白がっている。 まったく似ないのも変だが、どこもかしこも似ていると言われても落ち着かない。 

自分とそっくりの人生を繰り返してもらっても困る。 これからの時代はクローンではさばききれない難しい問題をいっぱい抱えているはずだ。 



命名についてひと言も口出ししなかった。 何かしら暗示や示唆めいた振る舞いに及んだ覚えもない。 



求められたらどんな助言をするか、思うところはあった。 

昔からある古い名前である。


娘たちは、それと全く同じ名前をすでに決めていた。   



お知らせ

IMG_0104 (1024x616)    0721時、湯泊。

IMG_0125 (1024x712)   0738時、パパラギ食堂。

久々に日の出を拝む。 つかの間のことだったが、空はいつもより明るい。

昼前には青空になった。 ほとんど動かないように見える白い雲の切れ切れを眺めながら温泉につかる。



時間が止まったような静けさ。



「十島村防災無線」 が突如、静寂を破った。 あす18日午前10時から12月議会の中継を放送する…という。

あすが12月18日だとすれば、時間は止まったのではなく逆戻りした!



これくらいのことでいちいち驚いていたら十島村では暮らしていけない。

放送はひととおり終わった後、「繰り返し」の途中で切れた。 誤作動に気づくのがわりかし早かった…と感心する。



妙なことに感心して湯にうだり、忘れかけたころにまた放送があった。 「先ほどの放送は誤りでした」 という。 

なるほど。


こんなことにいちいち目くじらを立てるのは年甲斐がない。 ……とせっかく思いなしたところで、最後の一言を聞いてカチンときた。

「以上、お知らせします」 という。


こんな場合、民間企業やお役所でも普通のところは「おわび」 の文言を必ず添える。 それを「お知らせ」 で通す根性はすごい! さすがトシマ村!

十島村役場は300キロの海を隔てた鹿児島市にある。 役場職員はおおむね鹿児島市民か姶良市民。 村民と職員とは心の距離も遠く隔たっているようだ。




正月

DSC03612 (1024x705)   0720時、湯泊。 水平線のきわからお日さまが頭をのぞかせた。  


IMG_0058 (1024x669) (2)   0721時、同。 おだやかな正月の始まりを告げる日の出。

元日に船が来た!

元日の船(1024x768) (2)    0747時、パパラギ食堂から。

元日のYD (1024x576)   0837時、湯泊。

年があらたまった。 海も穏やかになった。 

残念ながら日の出時刻には厚い雲の層がたれこめていて初日の出は拝めなかった。   ……旧年中の海の荒れようをご覧になりたいという人は「全文表示」 を開いてみてください。





元日の船(1024x768) (1)    1222時、なんと元日に船が来た。 

年末年始も月、金の週2回船を出す大原則を守ることになって、元日に初荷が届く驚天動地の事態が現出した。 有り難いことである。

DSC03579 (800x600)   船長さんもタラップを降りてきて岸壁にいた島人に新年のあいさつをした。 

霜月祭り

DSC03589 (1024x768)     29日0723時、湯泊。

DSC03537 (1024x768)     旧暦霜月の17日、小宝神社(十柱神社) でしもつき祭りがあった。 みんな心を澄まし、善男善女に成りすまして無病息災を祈る。

宝折り返し

妙な雲行きで温かい。 0645時の部屋の温度は、なんと22度。 東からの風が強い。

9時43分、放送塔のアナウンス。 今日出しの村営フェリーは名瀬行きを急きょ宝島までに変更、その日のうちに宝島から折り返すという。

またも宝直航

DSC03339 (1024x768)   0712時、湯泊から。  

DSC03366 (1024x768)   1722時、ヘリポートから。 左の島影は宝島。 久しぶりに、終日晴れ模様だった。

水曜だしの村営船「フェリーとしま」 は出航延期となり、きのう6日木曜に鹿児島港を出て、正午前に入港した。 

昨日まで荒れていた海はおさまったが、それもつかの間のことで再び荒れてくるという。 

このため今回の便も上り便は「宝直航」 になった。 宝島に停泊せず、積み下ろしが終わりしだい引き返す。 小宝は抜港にならず帰りの「上り便は1325時に小宝入港」 とのアナウンスがあった。


上り便が小宝に寄港した

4日付の「小宝差別」 で正確さを欠く記述があった。 複雑な背景があるのをはしょって「特別な要請がない限り」 (…上り便は接岸しない) という言い方で片づけたが,結果的には不適切な表現だった。

その部分は書き直した。 

どこをどのように書き直したか,訂正,加筆の詳細を逐一説明すれば煩雑になって新たな混乱を招きそう。 細かい説明を割愛するのをゆるしていただければありがたい。


村営船「フェリーとしま」 の下りの船はきょう5日,定刻午後零時20分よりも早く正午ごろ小宝港に入港した。


抜港を覚悟していた上り便は午後1時には宝島を出港,半時間後に小宝に接岸した。 想定外のことだった。

宝島から乗船し,小宝で降りる乗客がいたためである。 

小宝港の状態は抜港しなければならないほど悪化していなかった。 乗客の“特別な要請” にこたえられる条件がたまたまあった。



宝島直行の場合,小宝から鹿児島に向かう人が下り便に乗り込むのは船の方からの要請によるものではない。 上り便が抜港になる恐れがあるため客の方で大事をとる。

もう一つ,上り便寄港の手間を軽減させたいという配慮も働く。 いわば自主規制。 自分ひとりのために今さっき出港したばかりの村営船に寄港してもらうのは心苦しいとして遠慮する。 


村営船は1,400トン近い巨体。 たいていは錨(いかり) をうたないまま7本のロープを張ってロープの張りとスクリュー操作でバランスをとり,すみやかに離岸する。

通船作業には人の少ない島で,70歳未満の体の動く男手を総動員する。 高度の操船技術だけでなく人手もかかる。 

 
くどいようだが,念のため。 船が横着するのではない。

そういえば,港を出て宝島に向かった船が引き返して再入港したことがあった。 ダンボール箱をひとつ小宝に降ろし忘れたためである。 

たった1個の荷物のために1,400トンの巨体が動く。 宝島停泊後の上り便で1日遅れで降ろしてもよさそうなものだが,そうしないところが我らが村営船。


乱暴な書き方を取り繕うのにわかりにくい事情をくどくどと説明する始末になった。 



ただ,おおもとの問題点は変わらない。

港の整備が遅れている。 そのために船も接岸作業にたずさわる人も難儀し,乗客は気遣いをする。


小宝島に限ってこれが当たり前のこととして諦めるべきだ…とは,やはり思わない。







小宝差別

きのう出航延期していた村営フェリー「としま」は1日遅れで、きょう4日に出港することになった。 

ただし、帰りの便は宝島直航という。 宝島に接岸したあと停泊せずに、ただちに折り返す。 その場合,下り便が寄ったばかりの小宝島には接岸せず,通過することが多い。 

おおむね,天候は悪い方に向かっている。 小宝から鹿児島に行く場合は、下り便に乗って用事のない宝島港までいったん下って折り返し出港を待ち、小宝の島影をかすめて鹿児島に向かうことになる。


折り返し地点の宝島港に近く、港の条件が劣悪なことによって通過地点・小宝がこうむる難儀。 それが恒常化し,島の人も当たり前のこととして諦めるようになった。


思えば小宝は哀しい島である。



1日遅れたうえに帰り便がこんな塩梅になったおかげで,宿の予約はすべてキャンセルになった。 

全滅!


いつもめでたい女将が、珍しくボヤいた。 
 悪天候続きのことしはキャンセルが当たり前のようになってしまって、先月までの客の実質受け入れは昨年の半分…という。

休む間もない台風の襲来で裏の菜園は壊滅した。 やむなく野菜までことごとく鹿児島に注文する。 あげくに、保存のききにくい食材がわんさと届いて、お客は来ない。


10年あまり都市部に暮らして独りで賄いをしてきた爺の目には、島の人は食材管理が苦手なように見える。 食糧不足の島で食糧を腐らせる。

しかし、島が長くなると、そんなしくじりを笑えなくなる。

次にいつ船が着くかわからない風まかせの暮らし。 ついつい物を余分に買い込んでしまう。 物がなくなることへの恐怖感が意識の底に巣食ってしまう。




それにつけても、キャンセルが多い島の小さな宿屋は哀れである。 荷物が岸壁に降ろされた時点で買いすぎを嘆かないといけない。


そんなときは天を恨むしかない。 誰が悪いわけでもない,天を仰いで嘆くしかない。 ……島の人たちには,それとなく,こんな心得を教えられてきたような気がしている。

最近は,年をとってボケがすすみ怒りっぽくなった。 

偏屈にも磨きがかかって,書生のような青臭い激情に駆られるようになった。 天が悪いのではない,悪いのは人だ…と思うようになった。

人が住んでいる島に人が通えない状況があるのは天のせいではない。 港の改善を怠ってきた人のせいだろう。


他の島にはあるのに小宝だけない…ということで,いま分校の屋内体育館を造っている。 結構なことだ。 しかし,優先順位を考えると少し違うような気がしている。 

小宝だけ…ということを問題にするなら,なによりも港の整備が先だろう。 小宝だけ…というなら,ここ数年の環境破壊のすさまじさは小宝島だけのことではないのか?


人の出入りの間口を半ば閉ざした状況にして「日本最後の秘境」 を“売り” にする行き方ではこの先,島は生き残れない。 

本物の自然保護の思想と技術をもった人材,地域振興の知恵と経験をもった人びとが気軽に出入りする環境をつくることを,もっと真剣に考えたい。

ケチな島の宿屋の下足番としては,秘境の土人の役を演じるのにそろそろ飽きてきた。



…ついつい愚痴っぽくなった。 まだまだ修行が足りない。





12月の花

DSC03317.jpg 12ニガ菜 12野地菊

左からノジギク,ホソバワダン,ブーゲンビリア。 

ノジギクはススキの穂が枯れ始めると同時に蕾をほころばせる。 権現さまの入り口をはじめ島のあちこちでひっそりと咲いている。 あらためて眺めると可憐である。


葉がヨモギに似ているので損をしている。 おおむね雑草扱い。 

しかし,ヨモギにくらべるとよほど控えめで分際をわきまえている。 栽培植物の領分を荒らすこともなく,畑のふちや道沿いで花を開いて,目にとめる人もあまりいない。

厳密には亜種で,サツマノジギクというのが本当の名前らしい。



30余年前,平島で遭ったウンドー爺ぃ,こと用沢重忠氏が「ニギャナ」 と教えてくれたのがホソバワダン。 ニガ菜はトカラ,奄美の方言名。 薬用,ときに食用にもする。

ウンドー爺さんはすでに故人。 前にも触れたことがあるが,トカラで最初の,そしておそらく最後のクリスチャン。 キリスト教の修行者,求道者で,沈黙の行を守って静かな生涯を終えたという。 仏教では,このような求道者を菩薩と言うらしい。 

この人の生き方を通して見直すとトカラの神々の姿がもっとはっきり見えてくるのではないか…。 トコロの神々は旧約の神と同じ愛の神,怒りの神だったのではないか…。 

今どきはトコロの神々を見せもの扱いしたり,こけおどしに使ったりする風潮もある。 辺境の古い神さまだからといって,あんまり見くびると罰が当たる。



ブーゲンビリアは小宝島では根付かないと言われていた。 そんなことは知らない鹿児島の花屋さんが,いきなり鉢や苗を送りつけてきたのが3年前のこと。 

潮風と旱魃の洗礼をうけてほとんどが討ち死にしたが,どうにかサバイバルを果たしたのが3株。 うち1株がことし正月に花をつけた。    

それが10月の台風連続パンチに耐えて,冬の訪れを知らせてくれた。

「魔笛」 公演

DSC03273 (800x550)    宝島小中学校小宝島分校の特別活動室で、モーツァルトの歌劇「魔笛」 が披露された。 

出演は写真の3人。 オーケストラを代行したのはピアノの伊地知元子さん、パパゲーナ役はソプラノの八木まゆみさん、パパゲーノ役はバリトンの巻木春男さん。 いずれも鹿児島ゆかりのプロの音楽家。


小宝島初のオペラ公演は、ひとまず“さわり” の部分だけ。 キャストふたりは舞台衣装で熱唱した。 ほか徳之島の子守唄や世界9カ国の民謡も。 

村教委が主催している年に一度の“ファミリー劇場”。 10月の予定が台風で流れていた。


つかの間の日の出

IMG_0135 (1024x705)   0659時、パパラギから。 雲の層と水平線の隙間から日の出の瞬間を覗く。 風が冷たくなった。   

冬の海

IMG_0120<strong><strong> (1024x683)     1245時、小宝港の防波堤県岸壁から。 海は荒れ模様。 村営船「フェリーとしま」 は12時20分入港が定刻だが、覚悟していた通り遅れた。
 

IMG_0127 (1024x683)   1250時、港の入口に達する。 今、本港の切石港が浚渫工事中で裏港の元浦港しか使えない諏訪瀬島は「接岸条件」 つまり、接岸できないことも考えてご乗船ください…ということだったが、接岸を敢行したらしい。 少々遅れても、有り難いことである。

宝島の植物探訪

24日の午後、小宝島から宝島にわたり、車を借りて日が暮れるまで回った。 この島には前にも泊まったことがあるが、その時は学校と集落一帯を見て回っただけ。 

どんな植物が、どんな風に生えているのか興味があった。 植物群落の多彩さ、森の深さに圧倒された。


ツワ(1024x683)

芙蓉(1024x669)    上はツワブキ、下は芙蓉(ふよう)。 島の沿道はどこも、どちらかの花に彩られていた。

ここらの道は螺旋状に周回して上昇し、島の最高峰・イマキラ岳(292メートル) に達する。

天に至る道。 その両側をみずみずしいツワブキと芙蓉が飾る。 

てっぺん近くでは小宝を北限とするテンニンギクの群落が迎えている…と期待したいところだが、これはあえない幻想。 なぜか宝島ではテンニンギクを一株も見なかった。



IMG_0137 (800x523)    松の林。 二次林なのかもしれないが、太古からの年輪を経たように見える松の森があちこちにみられる。 霧島の自然林にみるような見事な巨木の林もあった。
この写真は稜線を形づくる、割に若い林。 木々に見とれて気づかなかったが、放牧中の牛がいた。 

宝島は肉牛の特産地で小宝よりはるかに多い牛がいるはず。 それが、なかなか姿を見せない。 牛の糞が路上に鎮座している光景にも遭遇しなかった。


タイモ(800x494)   タイモ。 タロイモ、サトイモと同類の芋類で、トカラでは身近な栽培植物として知られている。 


IMG_0152 (800x536)   これも特産の一つサンセベリア。 トラノオの名前の方が通りがいいかもしれない。

IMG_0150 (800x504)   ドラゴンフルーツの畑。 アボカドなどの熱帯果樹の栽培も軌道に乗りつつある。


IMG_0155 (800x548)   

IMG_0142 (800x533)   この二つは野草なのか牧草なのか不明。 いずれも小宝島では目につかない。




IMG_0160 (1024x736)   ありふれた荒れ地の植生。 クサギ、ツワブキ、ススキ、背後の背が高いのがダンチク。

手前のキツネノボタンに似た雑草は、小宝では圧倒的な勢いではびこっている。 

この状態を放っておくと、クサギだけでなく、カラムシまで樹木のように根を張って、地表ではヨモギ、カタバミがせめぎ合う。

そのうえに小宝ではたちの悪いつる草が跋扈している。 ビンボウカズラ(ヤブガラシ)、サツマキンキライ、ヘクソカズラ、ツルグミ。 



上はツル、土のなかは雑草と竹の根…。 

宝島ではそこまで行ってない。 というより放りっぱなしの休耕地はあまり目につかない。


IMG_0125 (800x584)   シダ類の群落。 勢いがいい。 この島のものは雑草まで大きい。

IMG_0176 (800x533)   宿の庭のブーゲンビリア。 ブーゲンビリアは小宝ではなかなか根付かない。 パパラギの庭に植えたものが、ようやく赤い花をつけ始めたのが、おそらく初めてのもの。 
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